
人には成長を見守ってくれる木がある。自分の場合は、生家にあった栗の木だ。家の近くにあったので、夏になると、この木の下に茣蓙を敷いて、昼寝をするのが好きであった。本を持参してそこで読むのもお気に入りの時間であった。秋口に栗は実をつけ、朝一番で実を落す。それを拾って、囲炉裏の火で焼いて食べるのは何にもまさる美味であった。アンデルセンの童話に、『柳の木の下で』という、少年の悲しい恋物語がある。
デンマークのキェーエという小さな港町。海へ流れる小さな川に沿って、グースべりの藪のなかでかくれんぼをして遊ぶ少年と少女がいた。名はクヌートとヨハンネ。道の脇には並木のように植えられた柳の木があった。クヌートの家の庭にある柳の老木は、並木にくらべると立派でどっしりとした木だった。二人はその木の下で遊ぶのがことのほか好きであった。成長していく二人には、それぞれの運命が待ち構えている。母の死と父の再婚でキェーエを離れ、コペンハーゲンへ向かうヨハンネ。クヌートは手に職をつけるために親方を探し、職人の道へ進む。
ヨハンネはコペンハーゲンで音楽の道に進み、大きな公会堂で歌を披露する歌姫となる。職人として技術を身に着けたクヌートは、美しく成長したヨハンネを恋こがれ結婚を申し込む。しかし、ヨハンネは再開したときにはすでに婚約者ができていて、少年は恋に破れる。クヌートが決意するのは、あの柳に木が待っている故郷へ帰ることであった。冬がやってきたというのに、雪の降る山道を歩き通す。一人で歩き続けるクヌートを支えたのは、あの柳の木の精であった。歩き疲れ、雪のなかで眠り、夢を見る。故郷の柳の木の下で、ヨハンネと結婚する夢。クヌートはその夢のなかで死へと旅立って行く。