「田園風景 心のふる里 札幌では見なくなりました」
我住宅の周りの人に聞くと、「住宅地になる前は水田地帯でしたよ」と言います。「札幌にも水田があったのだ」と意外な感想を持ちます。
札幌に水田が無くなっても、今では車社会、田園風景に出会いたければ、札幌市の近隣町村に車を走らせばよいのです。
山があって、水田があれば、心の原風景に出会った気持ちとなり、心が安らぎます。
水田の風景は心をやすらげ、身を広げてくれます。
26日(5月)、札幌の隣町の当別町に出向きました。
水田に水が入り、一部は苗が植えられていました。
田園風景を眺めると、心が安らぎます。自分の心の中には心の原風景を求めているのです。
むかしは、田植え時期は出面を雇い、結いの制度などで村()がまとまっていました。
今では水田のすべてが機械化さて作業がすすめられています。
里山からの帰りには、水田に田植機が作動し、苗を継ぎ足す人のみでむかしとはおおかわりです。
あと数日すれば水田の作付けが終わることでしょう。
田園風景を眺めていて、畔に芝ざくらでも植えてあればさらに気持ちが上がりますが、いかんせん気持ち悪くするものは畔の除草に除草剤を使用している水田農家があることにはがっかりしています。