種松、三月三日の節供なんど、かばかり仕うまつれり。あるじの君、客人三ところの御前に、白銀の折敷、金の台据ゑて、花文綾に薄物重ねて、表、織綾縑に薄物重ねて打敷にし、蓮の白銀の鐺飯、ふさに据ゑて参り、唐果物の花、いと殊なり。梅、紅梅、柳、桜、一折敷、藤、躑躅、山吹、一折敷、さては緑の松、五葉、すみひろ、一折敷、その花の色、春の枝に咲きたるに劣らず。乾物、果物、餅など調じたるさま、めづらかなり。山、海、川、天の下にあるもの盤二つ、糸木綿に薄物重ねて表、沈を一尺二寸ばかりのからわに、轆轤にひきて、さまざまにいろどりて、威儀の御膳参る。納め、紫檀の御折敷四つづつして参る、御酒参る。机二つ、いしき盃など、いとめづらしく殊なり。
(略)
かくて、御かはらけはじまり、箸下りぬ。人々の御前の折敷どもを見たまひて、仲忠の侍従、花園の胡蝶に書きて、
花園に朝夕分かずゐる媒を松の林はねたく見るらむ
少将、林の鶯に書きつく。
常磐なる林に移る鶯をとぐらの花もつらく聞くらむ
あるじの君、水の下の魚に
底清く流るる水に住む魚のたまれる沼をいかが見るらむ
良佐、山の鳥どもに、
葦繁る島より巣立つ鳥どもの花の林に遊ぶ春かな
かくて、仲忠の侍従、あるじの君にやどもり風を奉りたまふとて、「これ、昔所々に別れけるを、御料にとてなむ、一つ残して侍りける」。舞踏して取りたまひて、楽一つ弾きたまふを聞きて、仲忠大きに喜ぶ。「世の中にありがたき御手なり。これはむかし、仲忠が祖と等しき人ものしたまひける、その御伝へにこそあめれ」など、かしこくおどろく。あるじの君、涼「この御琴は、まづ試みさせたまひてこそよからめ」。仲忠、「さること仕うまつらでクしうなりぬれば、かき鳴らさむことなむ思ほえずはべる」などつれなくいふ。
かくて、ものの声かき合はせ、ある限り声合はせ、調子合はせつつ遊び暮らす。
(宇津保物語~新編日本古典文学全集)
三月三日節供など物したるを人なくてさうざうしとてこゝの人々かしこのさぶらひにかうかきてやるめり、たはぶれに
もゝの花すきものどもを西わうがそのわたりまでたづねにぞやる
すなはちかいつれてきたり。おろしいだしさけのみなどしてくらしつ。
(蜻蛉日記~バージニア大学HPより)