4月ももう第2週である。
朝のジョギング中に、
交通安全の黄色いカバーをかけたランドセル姿を見た。
小学校に入学したばかりの1年生である。
ある子は、途中までだろうけどお母さんが付き添っていた。
兄弟なのか近所の子なのか、上級生と一緒の子もいた。
1人で登校する1年生はいない。
それだけでホッとするのは、私だけだろうか。
朝食を摂りながら、家内とかわした
学校の4月にまつわる話題から2つ。
≪その1≫
私の小学校では、入学式の進行役は副校長(教頭)先生だった。
「ただ今より、新1年生が入場します。
皆様、拍手でお迎えください」
すると、『1年生になったら』のピアノと、
大きな手拍子の中を、
先生方の誘導で、式場の前方に並ぶ椅子席へと、
緊張したピカピカの1年生が入場を始める。
並んだ列の順に椅子に座ると、すぐに式は始まる。
初めて体育館に入った子ばかりだが、
キョロキョロする間などない。
式は次々と進んでいく。
『開式の辞』『礼』そして『国歌斉唱』。
続いて『校長先生のお話』。
私の出番である。
入学式での私の話は、毎年ほとんど同じパターンだ。
第一声は、
「1年生の皆さん、H小学校へのご入学、
おめでとうございます」
である。
すると稀に、やや遅れて「ありがとうございます」と、
バラバラに声が返ってくることがある。
でも、ほとんどの年は無反応。
無言でジッと私を見たまま。
そこで、「あれ、なんか変だよ。
私は、おめでとうございますって言いましたよ。
さて皆さんは、なんて言えばいいのかな?」
ソフトな声で訊く。
「ありがとうございます!」
そうつぶやく子が1人2人と出てくる。
「そうだね。ありがとうございますって言うんだよね。
いいー!?
できるかな!?
じゃ、やり直しますよ」。
子ども達がうなづくのを確かめてから、
再び「1年生の皆さん、ご入学おめでとうございます!」
と、一礼する。
今度は、一斉に「ありがとうございます」と大きな声だ。
式場は一気にアットホームな雰囲気に変わる。
次に、お客様やお家の方、6年生のお兄さんやお姉さんが、
皆さんの入学を祝って、式場にいることを伝える。
そして、おもむろに上着の内ポケットから、
1枚の紙を取り出しながら言う。
「これから、『ぞうさんぞうさんお鼻が長いのね』の
歌詞を作ったまどみちおさんの詩を読みます」。
すると、1年生は不安そうな表情で、その詩を聞く。
チョウチョウ
まど・みちお
チョウチョウは
ねむる とき
はねを たたんで ねむります
だれの じゃまにも ならない
あんなに 小さな 虫なのに
それが また はんぶんに なって
そっと…
だれだって それを見ますと
せかいじゅうに
しーっ!
と めくばせ したくなります
どんなに かすかな もの音でも
チョウチョウの ねむりを
やぶりはしないかと…
静かにゆっくりと詩を読んだ後は、できるだけ短く、
「半分になって眠るチョウチョウも、
それを見て、世界中にしーっと目配せするまどさんも、
なんて優しいんでしょうね。
すごいね。
さあ、みなさんもそんな優しい子になれるといいなあって、
私は願っています」。
その後、式場後方席の保護者へ、
祝意を伝え、私の話を終えるのだが、
入学式ではいつもこの詩を読んだ。
緊張した1年生の中に、明るい表情になる子がいる。
「それでいい」と納得していた。
≪その2≫
東京に限ったことではないようだが、
不思議と入学式から数日の内に、必ず雨が降った。
まだ慣れてないランドセルを背負い、
これまた、慣れない通学路を学校へ向かうのだ。
それだけでも大変なのに、雨である。
雨がっぱを着る子もいれば、
大きな雨傘をさし、
時には強い風に見舞われる。
当地では、
そんな朝は学校近くまで、車で送る保護者を見かける。
しかし、私が勤務した小学校は、
どこでもそんなことを黙認しなかった。
だから、入学したばかりの1年生にとって、
この雨は、最初の大きな試練なのだ。
毎年、どの子も上級生の助けを借りながら、
なんとか無事に登校してくる。
でも、担任にとって、気が気でない朝である。
学校に着いてからも心配だ。
傘の置き場を覚えているだろうか。
雨がっぱの掛け方も場所も分かるだろうか・・。
だから、いつもは教室で子どもを迎えるが、
この日だけは児童用昇降口で、
担任は1年生を迎えるのである。
初めて雨の中を登校した1年生は、
玄関で担任を見て、ホッとした表情を浮かべる。
こんな機会があったから、距離が近づく子もいる。
さて、退職する3年前であった。
S区教委の雇用制度が変わり、
私の学校の主事さん3人が、
一気に民間会社からの派遣になった。
3人の主な仕事は、校舎内外の清掃、来客の応対、
簡単な破損修理などだった。
勤務する前に、
2週間ほど学校勤務の研修を受けてきたが、
男性1人女性2人は、
共に学校は初めての仕事場だった。
それでも、初日の4月1日から、
細々とした仕事を精力的に行った。
その様子を見て一番安堵したのは、
副校長先生だった。
やはり、その年も入学式から数日して、
雨の朝になった。
2人の1年担任は、
やっぱり昇降口で、登校する新1年生を待った。
いつもは校門で子どもを迎える私も、
この日だけは、
人手が必要だろうと昇降口にいることにした。
校門を抜け、登校する子ども達が現れた。
どの子も傘をさし、1年生にあわせ、
ゆっくりとした足どりで近づいて来た。
それを見た主事の3人が、
乾いたタオルの入った段ボール箱を持って、
昇降口に現れた。
そして、担任と私からやや離れた後ろに控えた。
初めてのことだった。
何が始まるのか、分からなかった。
担任は、傘の置き場を教えカッパを脱ぐ手助けをし、
私も同じように慌ただしく1年生の世話をした。
合間に、後方の3人を見た。
傘を置いたり、カッパを脱いだりした1年生を
呼び止めていた。
そして、
「冷たかったでしょう。大変だったね」
と言いながら、
雨で濡れた頭や肩を、タオルで拭いていた。
黙ったまま、拭かれる1年生に
「ありがとうございます!っていいな」
と、助言する高学年の声が聞こえた。
時には、「ボクも拭いて」と、
ねだる2年生3年生もいた。
どの子も嬉しそうに教室に向かっていた。
長い教職だが、初めて見る雨の日の光景だった。
以来、退職までの3年間、
雨の日には必ず、昇降口で濡れた子どもの体を、
3人は「冷たかったね。大変だったね」
と言いながら、タオルで拭いていた。
いい学校で退職を迎えたと今も想う。
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お気に入りの散歩道8 もう春
※次回のブログ更新予定は 4月27日(土)です
朝のジョギング中に、
交通安全の黄色いカバーをかけたランドセル姿を見た。
小学校に入学したばかりの1年生である。
ある子は、途中までだろうけどお母さんが付き添っていた。
兄弟なのか近所の子なのか、上級生と一緒の子もいた。
1人で登校する1年生はいない。
それだけでホッとするのは、私だけだろうか。
朝食を摂りながら、家内とかわした
学校の4月にまつわる話題から2つ。
≪その1≫
私の小学校では、入学式の進行役は副校長(教頭)先生だった。
「ただ今より、新1年生が入場します。
皆様、拍手でお迎えください」
すると、『1年生になったら』のピアノと、
大きな手拍子の中を、
先生方の誘導で、式場の前方に並ぶ椅子席へと、
緊張したピカピカの1年生が入場を始める。
並んだ列の順に椅子に座ると、すぐに式は始まる。
初めて体育館に入った子ばかりだが、
キョロキョロする間などない。
式は次々と進んでいく。
『開式の辞』『礼』そして『国歌斉唱』。
続いて『校長先生のお話』。
私の出番である。
入学式での私の話は、毎年ほとんど同じパターンだ。
第一声は、
「1年生の皆さん、H小学校へのご入学、
おめでとうございます」
である。
すると稀に、やや遅れて「ありがとうございます」と、
バラバラに声が返ってくることがある。
でも、ほとんどの年は無反応。
無言でジッと私を見たまま。
そこで、「あれ、なんか変だよ。
私は、おめでとうございますって言いましたよ。
さて皆さんは、なんて言えばいいのかな?」
ソフトな声で訊く。
「ありがとうございます!」
そうつぶやく子が1人2人と出てくる。
「そうだね。ありがとうございますって言うんだよね。
いいー!?
できるかな!?
じゃ、やり直しますよ」。
子ども達がうなづくのを確かめてから、
再び「1年生の皆さん、ご入学おめでとうございます!」
と、一礼する。
今度は、一斉に「ありがとうございます」と大きな声だ。
式場は一気にアットホームな雰囲気に変わる。
次に、お客様やお家の方、6年生のお兄さんやお姉さんが、
皆さんの入学を祝って、式場にいることを伝える。
そして、おもむろに上着の内ポケットから、
1枚の紙を取り出しながら言う。
「これから、『ぞうさんぞうさんお鼻が長いのね』の
歌詞を作ったまどみちおさんの詩を読みます」。
すると、1年生は不安そうな表情で、その詩を聞く。
チョウチョウ
まど・みちお
チョウチョウは
ねむる とき
はねを たたんで ねむります
だれの じゃまにも ならない
あんなに 小さな 虫なのに
それが また はんぶんに なって
そっと…
だれだって それを見ますと
せかいじゅうに
しーっ!
と めくばせ したくなります
どんなに かすかな もの音でも
チョウチョウの ねむりを
やぶりはしないかと…
静かにゆっくりと詩を読んだ後は、できるだけ短く、
「半分になって眠るチョウチョウも、
それを見て、世界中にしーっと目配せするまどさんも、
なんて優しいんでしょうね。
すごいね。
さあ、みなさんもそんな優しい子になれるといいなあって、
私は願っています」。
その後、式場後方席の保護者へ、
祝意を伝え、私の話を終えるのだが、
入学式ではいつもこの詩を読んだ。
緊張した1年生の中に、明るい表情になる子がいる。
「それでいい」と納得していた。
≪その2≫
東京に限ったことではないようだが、
不思議と入学式から数日の内に、必ず雨が降った。
まだ慣れてないランドセルを背負い、
これまた、慣れない通学路を学校へ向かうのだ。
それだけでも大変なのに、雨である。
雨がっぱを着る子もいれば、
大きな雨傘をさし、
時には強い風に見舞われる。
当地では、
そんな朝は学校近くまで、車で送る保護者を見かける。
しかし、私が勤務した小学校は、
どこでもそんなことを黙認しなかった。
だから、入学したばかりの1年生にとって、
この雨は、最初の大きな試練なのだ。
毎年、どの子も上級生の助けを借りながら、
なんとか無事に登校してくる。
でも、担任にとって、気が気でない朝である。
学校に着いてからも心配だ。
傘の置き場を覚えているだろうか。
雨がっぱの掛け方も場所も分かるだろうか・・。
だから、いつもは教室で子どもを迎えるが、
この日だけは児童用昇降口で、
担任は1年生を迎えるのである。
初めて雨の中を登校した1年生は、
玄関で担任を見て、ホッとした表情を浮かべる。
こんな機会があったから、距離が近づく子もいる。
さて、退職する3年前であった。
S区教委の雇用制度が変わり、
私の学校の主事さん3人が、
一気に民間会社からの派遣になった。
3人の主な仕事は、校舎内外の清掃、来客の応対、
簡単な破損修理などだった。
勤務する前に、
2週間ほど学校勤務の研修を受けてきたが、
男性1人女性2人は、
共に学校は初めての仕事場だった。
それでも、初日の4月1日から、
細々とした仕事を精力的に行った。
その様子を見て一番安堵したのは、
副校長先生だった。
やはり、その年も入学式から数日して、
雨の朝になった。
2人の1年担任は、
やっぱり昇降口で、登校する新1年生を待った。
いつもは校門で子どもを迎える私も、
この日だけは、
人手が必要だろうと昇降口にいることにした。
校門を抜け、登校する子ども達が現れた。
どの子も傘をさし、1年生にあわせ、
ゆっくりとした足どりで近づいて来た。
それを見た主事の3人が、
乾いたタオルの入った段ボール箱を持って、
昇降口に現れた。
そして、担任と私からやや離れた後ろに控えた。
初めてのことだった。
何が始まるのか、分からなかった。
担任は、傘の置き場を教えカッパを脱ぐ手助けをし、
私も同じように慌ただしく1年生の世話をした。
合間に、後方の3人を見た。
傘を置いたり、カッパを脱いだりした1年生を
呼び止めていた。
そして、
「冷たかったでしょう。大変だったね」
と言いながら、
雨で濡れた頭や肩を、タオルで拭いていた。
黙ったまま、拭かれる1年生に
「ありがとうございます!っていいな」
と、助言する高学年の声が聞こえた。
時には、「ボクも拭いて」と、
ねだる2年生3年生もいた。
どの子も嬉しそうに教室に向かっていた。
長い教職だが、初めて見る雨の日の光景だった。
以来、退職までの3年間、
雨の日には必ず、昇降口で濡れた子どもの体を、
3人は「冷たかったね。大変だったね」
と言いながら、タオルで拭いていた。
いい学校で退職を迎えたと今も想う。
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お気に入りの散歩道8 もう春
※次回のブログ更新予定は 4月27日(土)です
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