お酒の席では、酒飲みの失敗談がよく話題になる。
その中から、いくつかを思い出してみる。
◆ ある年、同年齢の男3人が一緒の学校になった。
それまでの経歴は、それぞれだったが、
やはり同じ年、何かと行動を共にした。
特に、酒が入ると、
ついつい2次会、3次会と、3人で歩き回った。
一人は、細身の体なのにビール党で、
他の酒は一さい口にせず、飲み続けた。
もう一人はまさに酒豪で、
いつまでも際限なく酒が飲めた。
それに比べ、私はほどほどで十分に酔いが回ってしまう。
だから、次の日を考え、ペースダウンをしながら、二人に付き合った。
ある日、案の定、三人でもう一軒もう一軒と飲み歩いた。
そして、上機嫌で帰路に着くことにした。
ビール党と私は、歩いて10分程先の駅へ、
そして酒豪は、目の前の地下鉄へと、
別れることになった。
飲んだ勢いで、互いに大声で別れを告げ、
酒豪は駅への階段を、フラフラと下りて行った。
私たち二人は、別の駅へと歩いた。
酒で火照った顔に、夜風が心地よかった。
酒の入った会話が、笑いを誘いながら駅に向かった。
まもなく目的の駅という頃だ。
通りを反対へ行く救急車があった。
そのサイレンの音が妙に気になり、
一瞬立ち止まりふり返った。
その後は、すっかり忘れて、帰宅した。
ところが翌朝のことだ。
出勤すると、酒豪の額に大きな包帯が巻かれてた。
鼻やあごにすり傷、片腕にも包帯があった。
昨夜、別れてすぐ、地下鉄への階段を転げ落ちたのだと言う。
通りがかった方が救急車を呼び、病院へ搬送されたそうだ。
当然だが、そんな異変を知らず、
ただあの救急車のサイレンだけはハッキリと思い出せた。
「あの時、階段を降りる所まで見届けていれば・・・。」
後悔は遅かった。
すぐに、校長室に呼ばれた。
3人並んで、厳しくお灸をすえられた。
◆ 夜遅くまで事務処理に追われた日だ。
10時過ぎ、帰宅の電車シートにゆられた。
真向いで、スーツ姿の紳士が赤ら顔で眠っていた。
時々、隣の肩に寄り掛かっては戻り、また寄り掛かってを、
繰り返していた。
何げなくその顔をのぞくと、
どことなく同じ学校の先輩教員に似ていた。
翌日、すぐにそのことを話した。
するとすかさず訊かれた。
「降りた駅はどこだった。」
「確かF駅です。」
「きっと兄だと思う。F駅前に家があるんだ。」
眉間にしわが寄っていた。
先輩のお兄さんは、酒が弱いのに飲む機会が多いのだとか。
その後、先輩は、こんな1コマを教えてくれた。
帰りが遅くなった先日、電車がF駅に着いた。
すると、ちょうど目の前のホームのベンチに、
酔いつぶれた人がいた。
すぐに、それが兄だと分かった。
ベンチは長椅子みたいだったので、それを独り占めして、
足を投げ出し、寝ていた。
兄弟なのだ。
普通なら電車を跳び降り、声をかけるだろう。
しかし、その酔いつぶれている姿が、
あまりにもひどく、ためらった。
恥ずかしさで、二の足を踏んだ。
どうしようかと、ちゅうちょしている間に、
電車の扉が閉まった。
動き出した電車の中で、
ベンチの兄を見なかったことにしようと、
何度もつぶやいた。
しかし、翌日、久しぶりに兄に電話した。
いつも通り元気な声が返ってきた。
「だから、あれは余計に見なかったことにしたいんだ。」
先輩は、真剣な表情で私に言った。
あの時、もし声をかけて、手助けをしていたら、
きっとお兄さんは感謝よりも、
気まずい思いが先になったことだろう。
やっぱり先輩には、『あっぱれ!』を贈ろうと思った。
◆ 新しい校長先生が着任した。
その数日後、帰宅途中、校長と教頭2人で、
酒を酌み交わすことになった。
学校の今後など、話に花が咲いた。
酒量も進んだ。
全くの偶然だが、同じ駅の近くに二人の自宅があった。
飲み屋を後にする直前、
教頭は、二人とも酔いがまわっていたので、
奥さんに自宅近くの駅まで車での迎えを、電話で頼んだ。
二人は、電車のシートに座り、揺られているうちに、
すっかりと寝入ってしまった。
遂には、自宅のある駅を通過し、2つ先の終着駅まで行ってしまった。
そこで、教頭は突然目ざめた。
向かい側のホームから折り返しの電車が出発する寸前だった。
過去にも同じ経験があった。
急いでその電車に跳び乗った。
駅を2つ戻って降車した。
駅前には、奥さんが運転する車があった。
「あなた、校長先生はどうしたの。」
「エッ、校長先生・・」。
そこで初めて校長先生を、
終着駅に置いたままにしてきたことに気づいた。
一気に酔いが覚めた。
再び電車に乗り、終着駅まで行ってみた。
校長先生の姿はなかった。
夜も更けていたので、校長先生宅への電話は遠慮し、帰宅した。
翌朝、教頭は重たい気持ちで学校へ行った。
30分程遅れて、校長先生が出勤した。
すぐに校長室に呼ばれた。
硬い表情の教頭に、校長先生はニコニコ顔で言った。
「きのうは、すまなかったね。無事に家へ帰ったの。
教頭さんをほったらかしにして帰ってしまったようで、
申し訳ないことをしました。」
「いえ、それは私の方です。」
「えっ、どう言うこと・・。」
どうやら二人には、行き違いあったようだ。
校長先生は、終着駅で目が覚めた。
すると、その電車はそのまま動きだした。
2つ目の駅で降りて自宅に帰った。
そして、朝、食事をとりながら、
教頭と一緒だったことを思い出した。
何事もなく帰ったがどうか気にしながら、
学校へ来たと言う。
教頭も、本当のことを話した。
以来、校長先生は、酒が入ると必ずこう言って笑った。
「私は、教頭さんに捨てられた校長です。」
これからが『紫陽花』の季節
その中から、いくつかを思い出してみる。
◆ ある年、同年齢の男3人が一緒の学校になった。
それまでの経歴は、それぞれだったが、
やはり同じ年、何かと行動を共にした。
特に、酒が入ると、
ついつい2次会、3次会と、3人で歩き回った。
一人は、細身の体なのにビール党で、
他の酒は一さい口にせず、飲み続けた。
もう一人はまさに酒豪で、
いつまでも際限なく酒が飲めた。
それに比べ、私はほどほどで十分に酔いが回ってしまう。
だから、次の日を考え、ペースダウンをしながら、二人に付き合った。
ある日、案の定、三人でもう一軒もう一軒と飲み歩いた。
そして、上機嫌で帰路に着くことにした。
ビール党と私は、歩いて10分程先の駅へ、
そして酒豪は、目の前の地下鉄へと、
別れることになった。
飲んだ勢いで、互いに大声で別れを告げ、
酒豪は駅への階段を、フラフラと下りて行った。
私たち二人は、別の駅へと歩いた。
酒で火照った顔に、夜風が心地よかった。
酒の入った会話が、笑いを誘いながら駅に向かった。
まもなく目的の駅という頃だ。
通りを反対へ行く救急車があった。
そのサイレンの音が妙に気になり、
一瞬立ち止まりふり返った。
その後は、すっかり忘れて、帰宅した。
ところが翌朝のことだ。
出勤すると、酒豪の額に大きな包帯が巻かれてた。
鼻やあごにすり傷、片腕にも包帯があった。
昨夜、別れてすぐ、地下鉄への階段を転げ落ちたのだと言う。
通りがかった方が救急車を呼び、病院へ搬送されたそうだ。
当然だが、そんな異変を知らず、
ただあの救急車のサイレンだけはハッキリと思い出せた。
「あの時、階段を降りる所まで見届けていれば・・・。」
後悔は遅かった。
すぐに、校長室に呼ばれた。
3人並んで、厳しくお灸をすえられた。
◆ 夜遅くまで事務処理に追われた日だ。
10時過ぎ、帰宅の電車シートにゆられた。
真向いで、スーツ姿の紳士が赤ら顔で眠っていた。
時々、隣の肩に寄り掛かっては戻り、また寄り掛かってを、
繰り返していた。
何げなくその顔をのぞくと、
どことなく同じ学校の先輩教員に似ていた。
翌日、すぐにそのことを話した。
するとすかさず訊かれた。
「降りた駅はどこだった。」
「確かF駅です。」
「きっと兄だと思う。F駅前に家があるんだ。」
眉間にしわが寄っていた。
先輩のお兄さんは、酒が弱いのに飲む機会が多いのだとか。
その後、先輩は、こんな1コマを教えてくれた。
帰りが遅くなった先日、電車がF駅に着いた。
すると、ちょうど目の前のホームのベンチに、
酔いつぶれた人がいた。
すぐに、それが兄だと分かった。
ベンチは長椅子みたいだったので、それを独り占めして、
足を投げ出し、寝ていた。
兄弟なのだ。
普通なら電車を跳び降り、声をかけるだろう。
しかし、その酔いつぶれている姿が、
あまりにもひどく、ためらった。
恥ずかしさで、二の足を踏んだ。
どうしようかと、ちゅうちょしている間に、
電車の扉が閉まった。
動き出した電車の中で、
ベンチの兄を見なかったことにしようと、
何度もつぶやいた。
しかし、翌日、久しぶりに兄に電話した。
いつも通り元気な声が返ってきた。
「だから、あれは余計に見なかったことにしたいんだ。」
先輩は、真剣な表情で私に言った。
あの時、もし声をかけて、手助けをしていたら、
きっとお兄さんは感謝よりも、
気まずい思いが先になったことだろう。
やっぱり先輩には、『あっぱれ!』を贈ろうと思った。
◆ 新しい校長先生が着任した。
その数日後、帰宅途中、校長と教頭2人で、
酒を酌み交わすことになった。
学校の今後など、話に花が咲いた。
酒量も進んだ。
全くの偶然だが、同じ駅の近くに二人の自宅があった。
飲み屋を後にする直前、
教頭は、二人とも酔いがまわっていたので、
奥さんに自宅近くの駅まで車での迎えを、電話で頼んだ。
二人は、電車のシートに座り、揺られているうちに、
すっかりと寝入ってしまった。
遂には、自宅のある駅を通過し、2つ先の終着駅まで行ってしまった。
そこで、教頭は突然目ざめた。
向かい側のホームから折り返しの電車が出発する寸前だった。
過去にも同じ経験があった。
急いでその電車に跳び乗った。
駅を2つ戻って降車した。
駅前には、奥さんが運転する車があった。
「あなた、校長先生はどうしたの。」
「エッ、校長先生・・」。
そこで初めて校長先生を、
終着駅に置いたままにしてきたことに気づいた。
一気に酔いが覚めた。
再び電車に乗り、終着駅まで行ってみた。
校長先生の姿はなかった。
夜も更けていたので、校長先生宅への電話は遠慮し、帰宅した。
翌朝、教頭は重たい気持ちで学校へ行った。
30分程遅れて、校長先生が出勤した。
すぐに校長室に呼ばれた。
硬い表情の教頭に、校長先生はニコニコ顔で言った。
「きのうは、すまなかったね。無事に家へ帰ったの。
教頭さんをほったらかしにして帰ってしまったようで、
申し訳ないことをしました。」
「いえ、それは私の方です。」
「えっ、どう言うこと・・。」
どうやら二人には、行き違いあったようだ。
校長先生は、終着駅で目が覚めた。
すると、その電車はそのまま動きだした。
2つ目の駅で降りて自宅に帰った。
そして、朝、食事をとりながら、
教頭と一緒だったことを思い出した。
何事もなく帰ったがどうか気にしながら、
学校へ来たと言う。
教頭も、本当のことを話した。
以来、校長先生は、酒が入ると必ずこう言って笑った。
「私は、教頭さんに捨てられた校長です。」
これからが『紫陽花』の季節
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