5月6日以来になる。
伊達で出会った人々とのエピソード、その第5話。
10 この時間にする
今年は、冬の到来が早い気がする。
年齢も進んだのだろうか、
どうも寒さに対して根性がない。
朝のジョギングも、低温をいいことに予定を変更し、
総合体育館を利用することが多くなった。
つい先日のことだ。
総合体育館に隣接しているトレーニング室のマシンで、
小1時間ほどマイペースランニングをした。
どうやら私は人一倍汗をかくタイプのようで、
マシンの回りにはたくさんの汗が落ちてしまう。
備え付けの雑巾でそれをふき終わって、
立ち上がった。
すると、一番隅のマシンで走る男性に目が止まった。
30代半ばだろうか。
軽い足取りで、まったく頭の上下動がない走りだった。
「あんな走り方がしたいなあ。
どうやって走ってるのだろう。」
私は、雑巾を片手にし、女性のインストラクターが、
近づいてきたことにも気づかず、見ていた。
「どうしたんですか。」
彼女はそう言いながら、私の手から雑巾をそっと取った。
「あの人の走り方いいなあと思って、
つい見とれて・・・。」
「フルマラソン、早く走るんですよ。」
そうか、体力だけじゃない。
どんな走り方をするかも重要なんだ。
改めて気づかされた。
いい見本が見つかった。
「あの方、いつもこの時間に来るんですか。」
「そうですね。色々ですが…、
週1、2回は、この時間です。」
「ようし、あの走り方だ。」
盗み見になるけど、見て覚えよう。
『聞いたことは忘れる。見たことは覚える。
やったことは身につく』だ。
この冬、トレーニング室で走る日は、この時間にする。
また新たなテーマが生まれた。
11 「忘れる! 忘れる!」
同じトレーニング室なのだが、
そのロッカールームでの1コマである。
汗を拭きふき、着替えに時間がかかっていた。
すると、体を動かし終えた同世代の方が2人、
戻ってきた。
聞くとはなしに、
2人の会話が耳に入ってきた。
「今夜は、シルバーのアルバイトで、
斎場の交通整理なんだ。」
「あれ、ちょっとした小遣い銭稼ぎになるよねぇ。」
「そうなんだよ。これからは寒いけど、
時々なら、いい小遣いが入るから・・。」
「まあ、元気だからできるんだよ。」
そう言いながら、私より早く着替えが進んでいく。
「元気はいいが、最近物忘れがひどくてさ。」
「そうそう、同じだよ。」
「家にいても、さっき置いた物の場所を、
すぐ忘れてしまうんだよ。探し物、ばっかりさ。」
「まったくだよ。忘れる! 忘れる!」
「もう、どうしようもないわ。」
「本当だ。本当!」
二人は、そう言い合いながら、
さっさと着替えを済ませ、
ロッカールームを出ていった。
ところが、そのベンチにタオルが1枚残っていた。
私は、あわてて廊下に顔を出し、タオルをかざして、
「あのー、タオル、忘れてますよ。」
「ほら、また忘れた。」
私の声に振り返り、
2人は顔を見合わせ、大笑いをしていた。
最近、同じようなことが私にもある。
この先々への、ちょっとした不安が芽生えていた。
でも、二人がその荷を軽くしてくれた。
1人になったロッカールームのベンチに腰掛け、
私は、思い出し笑い。
12 再 会
2年前、『サンダルに片手ポケット』と題して、
このブログに、朝のジョギングで、
顔馴染みになった方のことを書いた。
その方とは、その年の末に出会ったきり、
ずっと姿を見ることがなくなった。
私はジョギング、彼は犬の散歩中の出会いだった。
足を止め、最後にした会話はこうだ。
「この犬、埼玉の娘のところにいたんだ。
それを飛行機に乗せて送ってくれたんだ。
うちの奴が、可愛くて、かわいくて……なんだよ。
もう、だいぶ年でね、糖尿病で、毎月病院通いさ。
薬代とか、金かかる、かかる。まあ、しょうがないさ。」
「犬も糖尿病になるんですか。保険効かないですしね。
かわいそうに…。賢そうな犬なのに…ね。」
「そうかい、賢そうかい。
うちのに言っておくわ。喜ぶよ。」
その後、彼と出会わなくなったのは、
きっと愛犬の死だろうと、推測していた。
今年、夏の終わり頃だ。
朝のジョギングで、いつも顔を合わせていた農道に上った。
その道の先の方に、
サンダルに片手ポケットの彼を見た。
伊達で知り合った方に、懐かしさを感じた。
はじめての感情だった。それが嬉しかった。
いつになく足を速め、近づいた。
「お久しぶりです。」
珍しく明るい声になっていた。
一緒にいる犬は、種類が違っていた。
早速、「前の犬は・・・?」
「なに、もう1年半前になるけど、死んだんだ。
それはそれは、悲しいもんさ。今もね。」
「そうでしかた。」
突然、1年前に私の愛猫が逝ったことを思い出した。
息がつまった。
「それで、うちの奴が寂しがるもんだから、
子どもらがこの犬を買ってくれたんだ。
まだ、なつかなくてね。」
「それじゃ、散歩も久ぶりですね。」
「ずっと走ってたのかい。奥さんは?」
「時々は、一緒に。」
「そっかい、よろしくな。」
再び走り出しながら、
「まだ、違う猫を飼う気持ちにはなれない。」
じめじめしている私に気づいた。
それとは別に、相変わらずのサンダルに片手ポケット。
それに、あのもの言い。
2年前と同じ温もりが戻ってきた。
あの農道を走ることが、また楽しくなった。
13 再 開
5月、右肘の手術から丸2年が経過した。
3か月ぶりに担当医の診察があった。
まだ、薬指と小指、掌の半分そして手首から肘にかけて、
しびれと麻痺が残っていた。
それでも、徐々に回復している実感があった。
「このまま良くなっていきます。もう通院はいらないでしょう。」
医師は、きっぱりと言い切った。
次の週、思い切ってゴルフ練習場に行った。
2年半ぶりに、クラブを振った。
予想通り、うまく打てない。
それでも、時々乾いた音がして、ボールが遠くへ飛んだ。
右肘の様子を気にかけながら、
週1回練習場に向かった。異常の気配はなかった。
6月中旬、家内の後押しもあって、
ラウンドを決めた。
3年前、月に数回通った『伊達カントリークラブ』を予約した。
クラブにつき、フロントで受付の女性が
「あらっ!」という顔をした。
マスター室の顔ぶれも変わりなかった。
カートへの、キャディーバッグの積み下ろしをしてくれる方が、
笑顔で近づいてきた。
私の名を呼び、肩をポンと叩いた。
「久しぶりですね。どうしてたんですか。」
「実は、肘の手術で、ゴルフができなかったんですよ。」
「もう大丈夫なんですね。それは、よかった。」
3年前、こんなに親しく言葉を交わした覚えはない。
だから、予期していなかった対応が、
私のゴルフ再開へ、花を添えてくれた気がした。
次に行った時、
マスター室の奥から、別の方の声がとんできた。
「腕、大丈夫でしたか。」
「ありがとうございます。」
大きな声になった。
心が弾んだまま、ティーグラウンドに立った。
秋まき小麦の畑
伊達で出会った人々とのエピソード、その第5話。
10 この時間にする
今年は、冬の到来が早い気がする。
年齢も進んだのだろうか、
どうも寒さに対して根性がない。
朝のジョギングも、低温をいいことに予定を変更し、
総合体育館を利用することが多くなった。
つい先日のことだ。
総合体育館に隣接しているトレーニング室のマシンで、
小1時間ほどマイペースランニングをした。
どうやら私は人一倍汗をかくタイプのようで、
マシンの回りにはたくさんの汗が落ちてしまう。
備え付けの雑巾でそれをふき終わって、
立ち上がった。
すると、一番隅のマシンで走る男性に目が止まった。
30代半ばだろうか。
軽い足取りで、まったく頭の上下動がない走りだった。
「あんな走り方がしたいなあ。
どうやって走ってるのだろう。」
私は、雑巾を片手にし、女性のインストラクターが、
近づいてきたことにも気づかず、見ていた。
「どうしたんですか。」
彼女はそう言いながら、私の手から雑巾をそっと取った。
「あの人の走り方いいなあと思って、
つい見とれて・・・。」
「フルマラソン、早く走るんですよ。」
そうか、体力だけじゃない。
どんな走り方をするかも重要なんだ。
改めて気づかされた。
いい見本が見つかった。
「あの方、いつもこの時間に来るんですか。」
「そうですね。色々ですが…、
週1、2回は、この時間です。」
「ようし、あの走り方だ。」
盗み見になるけど、見て覚えよう。
『聞いたことは忘れる。見たことは覚える。
やったことは身につく』だ。
この冬、トレーニング室で走る日は、この時間にする。
また新たなテーマが生まれた。
11 「忘れる! 忘れる!」
同じトレーニング室なのだが、
そのロッカールームでの1コマである。
汗を拭きふき、着替えに時間がかかっていた。
すると、体を動かし終えた同世代の方が2人、
戻ってきた。
聞くとはなしに、
2人の会話が耳に入ってきた。
「今夜は、シルバーのアルバイトで、
斎場の交通整理なんだ。」
「あれ、ちょっとした小遣い銭稼ぎになるよねぇ。」
「そうなんだよ。これからは寒いけど、
時々なら、いい小遣いが入るから・・。」
「まあ、元気だからできるんだよ。」
そう言いながら、私より早く着替えが進んでいく。
「元気はいいが、最近物忘れがひどくてさ。」
「そうそう、同じだよ。」
「家にいても、さっき置いた物の場所を、
すぐ忘れてしまうんだよ。探し物、ばっかりさ。」
「まったくだよ。忘れる! 忘れる!」
「もう、どうしようもないわ。」
「本当だ。本当!」
二人は、そう言い合いながら、
さっさと着替えを済ませ、
ロッカールームを出ていった。
ところが、そのベンチにタオルが1枚残っていた。
私は、あわてて廊下に顔を出し、タオルをかざして、
「あのー、タオル、忘れてますよ。」
「ほら、また忘れた。」
私の声に振り返り、
2人は顔を見合わせ、大笑いをしていた。
最近、同じようなことが私にもある。
この先々への、ちょっとした不安が芽生えていた。
でも、二人がその荷を軽くしてくれた。
1人になったロッカールームのベンチに腰掛け、
私は、思い出し笑い。
12 再 会
2年前、『サンダルに片手ポケット』と題して、
このブログに、朝のジョギングで、
顔馴染みになった方のことを書いた。
その方とは、その年の末に出会ったきり、
ずっと姿を見ることがなくなった。
私はジョギング、彼は犬の散歩中の出会いだった。
足を止め、最後にした会話はこうだ。
「この犬、埼玉の娘のところにいたんだ。
それを飛行機に乗せて送ってくれたんだ。
うちの奴が、可愛くて、かわいくて……なんだよ。
もう、だいぶ年でね、糖尿病で、毎月病院通いさ。
薬代とか、金かかる、かかる。まあ、しょうがないさ。」
「犬も糖尿病になるんですか。保険効かないですしね。
かわいそうに…。賢そうな犬なのに…ね。」
「そうかい、賢そうかい。
うちのに言っておくわ。喜ぶよ。」
その後、彼と出会わなくなったのは、
きっと愛犬の死だろうと、推測していた。
今年、夏の終わり頃だ。
朝のジョギングで、いつも顔を合わせていた農道に上った。
その道の先の方に、
サンダルに片手ポケットの彼を見た。
伊達で知り合った方に、懐かしさを感じた。
はじめての感情だった。それが嬉しかった。
いつになく足を速め、近づいた。
「お久しぶりです。」
珍しく明るい声になっていた。
一緒にいる犬は、種類が違っていた。
早速、「前の犬は・・・?」
「なに、もう1年半前になるけど、死んだんだ。
それはそれは、悲しいもんさ。今もね。」
「そうでしかた。」
突然、1年前に私の愛猫が逝ったことを思い出した。
息がつまった。
「それで、うちの奴が寂しがるもんだから、
子どもらがこの犬を買ってくれたんだ。
まだ、なつかなくてね。」
「それじゃ、散歩も久ぶりですね。」
「ずっと走ってたのかい。奥さんは?」
「時々は、一緒に。」
「そっかい、よろしくな。」
再び走り出しながら、
「まだ、違う猫を飼う気持ちにはなれない。」
じめじめしている私に気づいた。
それとは別に、相変わらずのサンダルに片手ポケット。
それに、あのもの言い。
2年前と同じ温もりが戻ってきた。
あの農道を走ることが、また楽しくなった。
13 再 開
5月、右肘の手術から丸2年が経過した。
3か月ぶりに担当医の診察があった。
まだ、薬指と小指、掌の半分そして手首から肘にかけて、
しびれと麻痺が残っていた。
それでも、徐々に回復している実感があった。
「このまま良くなっていきます。もう通院はいらないでしょう。」
医師は、きっぱりと言い切った。
次の週、思い切ってゴルフ練習場に行った。
2年半ぶりに、クラブを振った。
予想通り、うまく打てない。
それでも、時々乾いた音がして、ボールが遠くへ飛んだ。
右肘の様子を気にかけながら、
週1回練習場に向かった。異常の気配はなかった。
6月中旬、家内の後押しもあって、
ラウンドを決めた。
3年前、月に数回通った『伊達カントリークラブ』を予約した。
クラブにつき、フロントで受付の女性が
「あらっ!」という顔をした。
マスター室の顔ぶれも変わりなかった。
カートへの、キャディーバッグの積み下ろしをしてくれる方が、
笑顔で近づいてきた。
私の名を呼び、肩をポンと叩いた。
「久しぶりですね。どうしてたんですか。」
「実は、肘の手術で、ゴルフができなかったんですよ。」
「もう大丈夫なんですね。それは、よかった。」
3年前、こんなに親しく言葉を交わした覚えはない。
だから、予期していなかった対応が、
私のゴルフ再開へ、花を添えてくれた気がした。
次に行った時、
マスター室の奥から、別の方の声がとんできた。
「腕、大丈夫でしたか。」
「ありがとうございます。」
大きな声になった。
心が弾んだまま、ティーグラウンドに立った。
秋まき小麦の畑
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