ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

父 と お 酒

2021-10-09 13:40:38 | あの頃
 ▼ 明治生まれの父は、私が29歳の時に亡くなった。
享年70歳、酒が大好きだった。

 若い頃は知らないが、
私の記憶にある父には、酒にまつわる醜態が多く、
家族中が嫌な思いをさせられた。

 酒が入っていない父は、穏やかで仕事熱心だった。
知性的な一面も・・・。
 だが、酒が進み酔いがまわると、制御不能となり、
酔いつぶれるまで飲み続ける人だった。

 だがら、その防御策として、
我が家には、お酒の買い置きがなかった。
 1升酒があると、それを全部飲み干すまで、
「もう1パイ!」「もう1杯!」と言って飲んだ。

 仕方なく、「晩酌は2合」と母が決めた。
毎夕、小学生の私が、空瓶を抱え2合分の酒代を握りしめ、
酒屋へ「お使い」に行かされた。

 そのお酒を、父はコップに入れると「一気飲み」した。
残りの1合も、あっと言う間に、
喉をグイグイと鳴らしながら、美味しそうに飲み干した。

 「これで毎日が過ぎるのなら、それでいい」と、
どんな天気の日でも、私は小走りでその「お使い」をした。

 しかし、月に1回、いや2ヶ月に1回程度だったろうか、
出かけたまま、父が戻らない日があった。

 定番なので、家族みんなが分かっていた。
繁華街の飲み屋さんをハシゴしているのだ。
 そして、最後はどこかの店で酔いつぶれる。
深夜か早朝まで帰ってこないこともあった。

 時には、その店の常連さんが我が家に立ち寄り、
「酔いつぶれているよ」と教えてくれた。
 知らせがくると、兄は何も言わずに
リヤカーをひいて、父を迎えに行った。
 小1時間もしないで、
リヤカーに酔いつぶれた父を乗せ、
兄は帰ってきた。

 姉と私はこれまた何も言わずに、
その父を抱えたり引きずったりして、
布団に寝かせた。

 「また、こんなに飲んで、
ショウガナイ父ちゃんね!」
 母は、布団で酔いつぶれている父を、
立ったまま見降ろし、いつもボロボロと泣いた。

 父が帰らない日、私は、時々母に言われ、
父を迎えに、飲み屋街へ行った。

 その時の様子を、若い頃に書いた
物語『サルビアのそばで』(本ブログ15/10/23、30に掲載)で、
再現している。一部を転記する。

  *     *     *     *     *

 ・・・・、1ヶ月に1回か2回、
お母さんが帰って1時間がすぎても2時間がたっても、
お父さんの帰らない日があるのです。

 そんなときは、必ず「たけし、父さんをさがしておいで。」
と、お母さんが言うのです。
 とても怒っているようで、こわい顔なので、
たけし君は、「いやだよー。」と言えず、
暗くなった道を歩きだすのでした。

 たけし君には、お父さんのいる所がだいたいわかっているのでした。
そこは、夜でも人でにぎわっている場所です。
 お酒を飲んだ人が、肩を組みながら大声で歌をうたって歩いていたり、
ろじうらでおしっこをしている大人がいたり、
どこかの店からはレコードの歌が聞こえてきたりしています。
 赤いちょうちんをぶらさげている店もあります。
よっぱらいばかりの所です。
 たけし君はそんな所へ行くのでした。

 たけし君は、お酒を飲んでいる人ばかりの店を、
一軒一軒のぞいて歩きます。
 のれんをくぐり戸を開けると、決まって女の人が、
「いらっしゃい。」というのです。
 子どもが入ってきたので、変な顔をしてたけし君を見るのです。
たけし君はそんなことを気にもしないで、店の中を見回します。
 「お父さんはいないかなあ。」と思って。

 そんなことを何軒かしていると、
お父さんをみつけることができます。
 たけし君は、もうだいぶよっているお父さんのところに近づいて、
「父さん、帰ろうよ。」と言うのです。
 お父さんは、なかなか帰ろうとしません。
たけし君は、よっぱらいばかりいる店がいやなので、早く帰りたくなります。
 なんべん「帰ろう。」と言っても、お父さんは腰を上げてくれないので、
たけし君は、そこで大声をはり上げてなくのです。
 すると、お父さんはしかたなく、店を出てくれるのでした。

 店を出てからがまたたいへん。
なかなかまっすぐには歩いてくれません。
 横へふらふら、前へよろよろ。
たけし君は、道路のわきにあるドブにおちやしないだろうかと心配で、
お父さんのうでを、両手で力いっぱいおさえながら、
家までつれて行くのでした。

 しかし、いつもと違う日があったのです。
お酒を飲んでいるらしくお父さんの帰りがおそい日でした。
 たけし君は、いやいやよっぱらいのいる店をさがし歩いていました。
お父さんはやはりお酒を飲んでいました。

 その日だけは、「父さん。」と言うと、
「おう、帰ろう。」と、すぐに店を出てくれました。
 やっぱりよっていました。
でも、そんなにふらふらしていないようでした。
 たけし君は、お父さんのうでを両手でおさえながら歩きだしました。

 すると、「きょうは、だいじょうぶだ。」と言って、
お父さんは、たけし君の前にしゃがみこんだのです。
 たけし君には、それがなんだか、すぐにわかりました。

 たけし君は、お父さんの背中にいそいで飛びつきました。
お父さんの首にしっかりとつかまりました。
 ゆっくりとお父さんは立ち上がって歩きだしました。
大きな背中でした。
 歩くたびに、たけし君の体はゆれました。

 たけし君はお父さんの背中に顔をくっつけました。
お父さんの臭いがしました。
 お酒の臭い、たばこの臭い、あせの臭い、そして魚の臭いもしました。
じっと目をとじて、たけし君はその臭いをすいました。
 たけし君は、その臭いが大好きになりました。

 大好きなお父さんの臭いを胸いっぱいにすって、
大きな背中にゆられながら、
たけし君とお父さんは夜道を帰ったのでした。
 ・・・・・・

  *     *     *     *     *

 物語での、再現である。
若干のデフォルメはあるが、私と父の昔の昔の1コマだ。

 お酒を通した父とのこんな温もりがあったからかどうか、
2人の兄は、酒を一切口にしなかった。
 私だけは、学生時代から機会があれば、
楽しくお酒を飲んだ。

 今は、アルコール度3%の『ほろよい』1缶で大満足だが、
現職の頃は、同僚や先輩達と時間を忘れ、
時には、はしご酒も・・・。
 
 父とは、1度だけ、
上野公園内の小洒落た焼き鳥料理の店で、
チビリチビリとお銚子を数本空けたことがある。

 少し千鳥足の父と腕を組み、
思い出話をしながら、公園内を抜け、
駅まで夜風に吹かれた。
 美味しいお酒だった。

 「父さん、またこうやって飲もうね」。
そう約束したが、2度目は叶わなかった。




    秋迎える 稀府 (まれっぷ)岳 

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