イカレた公衆電話を呪うより、私はただ呆れながら受話器を置いた。するとそのことが急に可笑しくなって、私は知らぬ間に苦笑いをしていたのだろう。ほほがぎこちなく引きつっているのを感じて、そっと顎を撫ぜるのだった。
財布にはもう10円玉はなかった。そしてたった1枚の10円玉で用は済むのであった。余裕のない目で辺りを見回し、小さな駄菓子屋を見つけてそこに飛び込んだ。やっとの思いで10円玉を得ると、私はホテルに3度目の電話を掛けた。
交換手もまた要領を得たようで、すぐにフロントの静かな女性の声がした。私が応じると「あぁ」と言って私の名を確認した。私はそれがなぜか可笑しくて、笑いながら「そうです」と応えた。受話器の向こうからも静かな美しい笑い声が漏れてきた。
里依子から電話があったら、私の方から寮に電話をするということだけを伝えてほしい。私はやっとのことでそれだけを伝えた。
「予約を取られていないお客様の伝言は出来ないことになっていますが、じゃあ特別にお受けいたしますわ。」ためらいのない柔らかな声だった。
窮地に差しのべられた救いの主に感謝し私はようやく安心を得て受話器を静かに置いた。すると再び今までのフロントとのやり取りが思い出されてきて、いかにも間の抜けた自分の姿が面白く、いつまでも笑いながら国道への道を急いだ。
昼過ぎの空は明るく、人もまばらな北の大地で私は、心おきなく自分自身を楽しんでいた。
塩谷 ==了==
HPのしてんてん
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