のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

夢(旅立ち)2

2014-10-04 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

 

ゆっくりとしたリズムでオールが動き、小舟は闇の上を滑るように動き始めた。バックルパーは船乗りのように手慣れた、無駄のない動作でオールを使い、舟を漕ぎ始めたのだ。

 小舟が岸を離れると、老婆の姿は訳もなく闇に飲み込まれてしまった。発光する小舟の上で、二人の姿はぼんやりとホタルの色に染まっていた。他には、闇があるばかりだった。

 オールのリズムに合わせて、滑るように湖面を進んでいた小舟が急にスピードを増した。同時に舟は右に傾き、旋回を始めた。渦巻きに巻き込まれたようだった。

 そう思う間もなく、舟は回転をやめ、あらぬ方向に流れ始めた。

 バックルパーはオールを引き上げ、毛布を取り上げた。

 「寒くはないか、エミー。」バックルパーが声をかけた。

 「大丈夫。」エミーが答えた。

  「そうか。これからはお前一人でやるのだ。お前しか出来ないんだ、分かるね。」

  「うん。」自信なげなエミーの声だった。

 「心細いだろうが、父さんはずっとここにいる。だから怖がらずに頑張るんだ。」

  「分かった。」

 多くを語れば、そこから張り詰めた心が崩れ落ち、恐れが全身に流れ込んで来そうで、エミーは胸に詰まった思いを口にすることが出来なかった。

  そんなエミーの気持はバックルパーの心に痛いほど響いていた。

 バックルパーは黙ったままエミーを見つめ、やがて毛布を身にまとい、船底に身を横たえた。

 「バック、」エミーは思わずバックルパーに呼びかけた。

 「どうした、」バックルパーは片肘を突いてエミーを見た。

 「本当に、母さんに会えるかな。」

  「会えるとも。」

  「母さんは許してくれるかな。」

 「お前の母さんだ。そんなことは当たり前さ。」

  「でも、」

  「母さんもエミーにあいたがっているんだよ。何も心配は要らないさ。」

  「本当?」

  「本当さ。さあ、父さんはもう隠れていなければならないんだ。話しも終わりだよ。」

  バックルパーはそう言うと、毛布を頭から被った。ホタル火のように発光する小舟の上には、女の子が一人寂しそうに座っているように見えた。

  「バック、」

 エミーは小さな声でバックルパーに呼びかけた。しかしもうバックルパーからは返事が返ってこなかった。

 「バック、お願いがあるの。」エミーは泣きそうに続けた。

  「エミーの手をずっと握っていて欲しいの。」

  「お願い、バック。」

  ゆっくりと、船底に横たわる毛布が動いた。バックルパーは毛布の中でエミーの柔らかな手を握りしめた。

 

             

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