のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

夢(旅立ち)3

2014-10-05 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

闇と無音の世界が続いた。舟はゆっくりと流れていった。船底から伝わる波の揺らぎだけが時の変化を告げていた。

  「舟が向こう岸に近づくと、そこだけ丸い形に波立っている水面を通過することになるだろう。審判の淵じゃ。よいか、その時大人が乗っていると知れると、な、舟はその丸い淵に飲み込まれてしまうのじゃ。汚れたものは決してそこを通過することは出来ぬ。」

 出発する間際に老婆は言った。エミーの頭に、そんな老婆の言葉が響いている。

 「大人は汚れておるのじゃ。」老婆はそんなことも言った。しわがれた声だった。エミーは、どうして大人は汚れているのか理解出来なかったが、バックルパーは毛布にくるまって船底に身を隠してしまったのだ。

 舟が飲み込まれると、そのまま黄泉の国の審判官の前に引きずり出されることになる。すると必ず二人は生身の人間であることが分かってしまうだろう。

 「正体が知れると、再びここには帰ってこられぬ。」老婆の言葉が重くエミーの胸にのし掛かってきた。

 子供だけが、水面の丸い淵を通過することが出来る。無事に黄泉の国に入るにはエミーの力だけが頼りなのだ。エミーはくじけそうになる心を奮い立たせようとしてバックルパーの手を硬く握りしめた。すると、バックルパーの大きな手がエミーの手を握り返した。エミーに勇気が生まれた。母さんに会わねばならない。

 舟の流れが変わった。水面に波立つ音が聞こえてきた。闇の中に、舟の光が広がって、前方に小刻みに震える波頭が見えてきた。波立っているのは大きな円形の内側だけだった。そこは審判の淵に違いなかった。

 舟はゆっくりと、波立っている円形の水域に入って行った。エミーはゴクリと生唾を飲み込んだ。バックルパーの手が開き、つないだ手が放された。

 円の中心に舟がやってきたとき、水面の波が突然大きくなった。舟は枯れ葉のように揺れ始めた。エミーは思わず船に手をやって身を支えた。船底を、誰かがつかんで下に引き込もうとするような力が加わって、舟がギシギシときしんだ。

 舟は上下に揺さぶられ、波はますますひどくなった。

 「いやーっ、助けて!」

 舟が今にも水面に飲み込まれようとするとき、エミーは喉が破れんばかりに叫んだ。

 すると、舟は水中で放たれた木片のように勢いよく浮かび上がり、そのまま横にすべって一気に審判の淵から飛び出した。舟は審判の淵を越えたのだ。

 舟は再びゆっくり流れ始めた。しばらく行くと、前の方にオレンジの光が見えてきた。漆黒の闇が少しずつ後退し、空気が黄土色に近いオレンジに色付き始めた。

 今にも崩れそうな屋根付きの桟橋が見えてきた。その屋根の下あたりからオレンジの光がこぼれて来ているのが分かった。

 舟は静かにその桟橋に横づけになって揺れた。

 「バック、着いたよ。」エミーは毛布にくるまったバックルパーに小声で呼びかけた。  毛布が動いて、バックルパーの顔がのぞいた。エミーにはその口髭がたまらなく懐かしく思えた。

 「よくやった。」そう言ってバックルパーは船底から身を起こした。

   周りに人影はなかった。二人はそれでも用心深く舟から桟橋に移った。よく見ればその光景は、老婆と別れた通路と同じだった。違うのは通路を取り巻く空気が沈み込むようなオレンジ色をしているということだった。

 通路の奥の方に小屋が見えていた。それは確かに見覚えがあった。その中には、古びたがらくたが置かれていた。地面には油をこぼしたようなしみが付いていた。

 「どういうことだ!これは、」バックルパーは唸るようにつぶやいた。

 「もとに戻ってしまったの?」エミーはバックルパーを見た。

 「いや、違うかもしれない。」似ているのは形だけで、空気は全く違っていることをバックルパーは嗅ぎ取っていた。

  「とにかく先へ行ってみよう。」二人は歩き始めた。

 

          

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