(30)
「王様、よくご無事で。」
「おおフェルミン、お前こそ。」
「フェルミン、無事で本当によかった。」
フェルミンは喜びとともに王のもとに帰りました。
父母に抱かれると、フェルミンがまだ少女だったことが分かります。
バリオンの王様とタウ将軍、そしてスケール号の面々、エルも並び立って喜びの意を伝えあいました。
フェルミンにはスケール号の面々は初めてでした。
黄金の猫がスケール号という宇宙船だと知ったのもつい今しがたでした。
そのスケール号はすっかりフェルミンになついてしまって離れません。足元にすり寄ってはだっこをせがむのです。
この猫の中にこの人たちがいて、宇宙を旅しているなんてとても信じがたいことでした。
フェルミンはもう一度足元からスケール号をすくい上げて抱いてやると、スケール号はぺろぺろとフェルミンの顔を舐めるのです。
「あなたがいなかったら、この国は終わっていたかもしれない。神様の使いだと思っていましたよ。」
フェルミンはスケール号の喉を優しく撫ぜながら言いました。
「ゴロごろゴロ」
スケール号は気持ちよさそうに目を閉じて喉を鳴らしています。
フェルミンはスケール号をそっと下ろして、可愛い三人組と目を合わせました。
もこりん、ぐうすか、ぴょんたには何となく会った気がしましたが、話を聞いて改めて助けてもらった時のことを思い出しました。
「あの時はありがとう。おかげで傷もよくなりました。」
ぴょんたは嬉しくなって、パタパタ耳をはばたかせて足が地につきません。
博士がフェルミンに挨拶をして、そして揺りかごの艦長を抱き上げました。
「見てやって下さい、姫様。この子がスケール号の艦長です。」
博士がフェルミンの前に跪いて北斗を見せました。
「ばぶ―はぶはぶ」
「なんて可愛い艦長さんでしょう。」
フェルミンは赤ちゃん言葉で言いました。
「名はなんというのです?」
「北斗と言います。」
「北斗?」
どこかで聞いたような気がする。
そう思いながらフェルミンはしみじみと艦長の顔を覗き込みました。
北斗艦長が小さな指をもごもご動かしています。
自分の手のひらをつまもうとしているのです。
五本の指が勝手に動いてまだしっかり持てないのですが、よく見ると手のひらに何かを握りしめているらしいのです。
そのうち艦長はつまむのを諦めて握った手をまっすぐ伸ばしました。
それがちょうどフェルミンの手に届きました。
「これを私に?」
北斗の声が聞えたように思ったのです。
フェルミンが北斗艦長の手を覗き込みました。
そして北斗のもごもご動いている手を自分の手のひらに乗せました。
すると北斗の手がふわりと開いたのです。
その小さな手のひらにピンクの布の切れ端が乗っていました。
「うっキャー、ばぶ―」
北斗艦長が上機嫌で手を振り、足を蹴上げました。
すると小さな布切れがフェルミンの手のひらに落ちたのです。
「これは・・・」
「フクからのプレゼントだそうです。」
博士が言いました。
「フク?・・私の好きな色だった?・・・」
「そう、あなたはこの色しか着なかったのよ。どうしてこの子があなたの幼名を知っているの?
それに確かにこれはフクのローブに使っていた布だわ。織り目で分かるの。」
王妃も布を覗き込んで不思議そうに言いました。
「そう言えば魔法に負けそうになって諦めかけた時、そうあの時、不思議に力が湧き上がって来たの。
あれはあなただったのね。あなたは白い勇者だった。そんな気がするの。いえ、確かにあの勇者は北斗と名乗ったのよ。
幻想だと思ったけれど、あなたはこうして現実を届けてくれたのですね。」
「ぅあー、ㇷあー、ㇺあー」
フェルミンは北斗艦長を抱き取りました。
懐かしいとてもいい香りがするのです。
「ありがとう北斗。フクの代わりに心からお礼を言います。あなたは私とフクを助けて下さった勇者だわ。本当にありがとう。」
フェルミンはゆっくりと北斗艦長を抱きしめるのでした。
なだらかな丘陵に白い一枚岩の山がありました。その麓にたくさんの土盛りが整然と並んでいました。
この戦いの犠牲者が集められ、ようやく埋葬されたのです。もこりんの穴掘りの技は大変役に立ちました。
まず王宮に横たわっている戦士たちとの約束が果たせて、心は晴れやかでした。
フェルミンは休む間もなく働きました。
戦没者たちを弔う聖地を、ダニールの終焉の地と決め、白い岩山の麓にすべての戦没者を埋葬したのです。
この白い岩山全体を削り歴史を刻んだモニュメントを築いて、この悲劇を二度と繰り返さないための心の糧にしよう。
フェルミンはダニールと心の中でそう約束したのです。
もちろんフェルミンは動物たちのことも忘れませんでした。
犠牲になった森の無数の動物たちを弔う碑には、助け合う動物たちの群像が刻まれ、森の王フケの横にはなんとスケール号も刻まれるはずです。
スケール号の背中にはフェルミンが乗っていて、虚空を指さしている構図が職工たちの意匠をこらした最大の計画でした。
そしてスケール号がストレンジを去る時が来ました。
先だってタウ将軍がバリオン軍を引き揚げ、それを追うようにスケール号が飛び立ちました。
ストレンジの王様と妃に並んで、正装したフェルミン姫が並び立ち、エルの率いる親衛隊が整列し、民衆も集まりました。
白い鹿、森の王フケと動物たちも姿を見せてスケール号を見送ったのです。
スケール号の中が急にひっそりとなりました。
バリオン王との別れが待っているのです。
宇宙空間を飛んでいくスケール号はまもなくバリオン星につくことでしょう。
博士はその間にどうしてもバリオン王と話しておきたいことがありました。
博士が艦長だったころ、「神人様」を探す旅をしたことがありました。
そんな経験から博士の先生だったのしてんてん博士に託されたことがあったのです。それが「もとひと様」でした。
「もとひと様に会って、ひと族の系図を確かめるのじゃ。」
大陽の紋章の光のなかに現れた、のしてんてん博士は確かにそう言ったのです。
「この旅で必ず会えるはずじゃ」と。
人が生まれるための最初の一滴。
博士は今も覚えています。
のしてんてん博士が、順番に前の人より大きなものを言い合うゲームを始めて「神人様」を教えてくれたのです。
それが太陽や地球を最初の一滴として生まれている人だと知ったのです。
それを確かめるために旅に出たのが博士が艦長だった最後の冒険でした。
今その艦長は博士になって、のぞみ赤ちゃんを救うために原子の世界にやって来ました。
すると、この原子の世界にはバリオン星があって、しかもそのバリオンの王様が今ここにいるのです。
この原子の世界はのぞみ赤ちゃんの最初の一滴に違いありません。
「のぞみ赤ちゃんに宇宙語がない」
北斗がそう言った時、博士はそう確信したのです。
のぞみ赤ちゃんの最初の一滴に何かが起こっている。
太陽族の王バリオンが統治するバリオン系宇宙。
そのバリオン星を巡る惑星は六個あって、三番目の惑星ストレンジはオレンジ色に輝いていました。
宇宙語がないと言った北斗の言葉通り、ストレンジ星はチュウスケ魔法によって笑いが封じ込まれていたのです。
フェルミン姫の復活でその危機を乗り越えましたが、もしかすると、フェルミン姫の心の中にいたフク。
フクのいたピンクの銀河こそ、フェルミンの最初の一滴ではなかったでしょうか。
そう考えると見事にこの宇宙のつながっている姿が見えるではありませんか。
フェルミンの最初の一滴の上にフクがいてフェルミンの心を支えている。
すると同じように、人間、のぞみ赤ちゃんの最初の一滴の上にフェルミン達がいるのです。
フェルミン達に笑いが戻って、宇宙語が正しく働き出したら、のぞみ赤ちゃんもきっと健やかに育ってくれるはずです。
そしてこの連鎖は永遠に続くのでしょう。
神ひと様の最初の一滴の上には人間がいて、おそらく神ひと様の心を支えているに違いありません。
実際、博士が艦長時代に神ひと様の赤ちゃん星を助けて喜ばれたことがあったのですから。
博士はようやくのしてんてん博士の言った「もとひと様」に気づいたのです。
「王様、私たちはのぞみ赤ちゃんを救うために原子の世界にやってまいりました。その一方でこの旅によって、私たちは もとひと様に出会うとも言われていたのです。」
「もとひと様だと?それで出会えたのかな、そのお人に?」
「はい」
「私に言う以上、私も知っている者なのか。」
「はい、それは他でもない王様ご自身のことだったのです。」
「わたしだと?私は太陽族の王だ。」
「王様、人はみな最初の一滴を持って生まれてきます。その一滴を守るのが太陽族の務めだと聞きました。その務めを果たすものが人、つまり王様のことなのです。」
太陽系を最初の一滴にして生まれた人を神人様。
原子を最初の一滴にして生まれた人が我ら人間。
フェルミンのピンクの銀河を最初の一滴にして生まれた人がもとひと様。
つまりフェルミンや王様、バリオンやストレンジ星の人々のことだったのです。
「太陽族が最初の一滴を司るとしたら、ひと族とは最後の一滴が満ちて生まれたもの、我々のことなのです王様。
神人様の中に我ら人間がいて、人間の中には王様やストレンジの民がいるのです。
そして王様やフェルミンのなかにはフクと並ぶたくさんの人が住んでいる。そんな世界がこの空間に共存しているのですね。」
「一期一会とは言え、のぞみ赤ちゃんの姿を見ることが出来た。フェルミン姫の快復も見た。
我々がひと族というのなら、こうしてそなた達と話しているのもあながち不思議な事ではないのかもしれぬ。ならばまた会えるのだろうか。」
「スケール号がそれを証明しました、王様。スケール号がどこにでも飛んで行けます。その空間はただ一つなのです。私達の間には何の隔たりもありません。」
「空か、・・・我が呪術もその空につながっているのだが、そこまで考えたことはなかった。どうすればそれが分かるのだ。」
「空の思想です。」
「空の思想とは何だ?」
「空を現実のものとしてみればいいのです。」
「何もないものをどう見ればいいのだ。」
「波動を操る王様はご存じのはずです。波動はスケールで測れます。つまりスケールで見ることが出来るのです。」
「空の思想は物の思想とは違うということだけは分かるが。」
「王様、物の思想は時間で測るのです。知るのは表面の変化だけです。ところが空の思想は時間では考えないのです。
今あるこの存在を大きなスケールで見る世界もあれば、小さなスケールでみる世界もあるという考え方です。空の思想は内を見、心と出遭うのです」
「空間をスケールで見たら、我々は互いに会うことが出来るということなのか。」
「こうしてお話が出来るのです。」
「空の思想、面白いものだな。」
例のごとく、ぐうすかは枕を抱えて大いびきをかいています。難しい話はぐうすかには子守唄なのかもしれません。
もこりんとぴょんたは揺りかごの艦長の寝顔を見ています。
スケール号はすっかり道を覚えましたので、艦長が眠っていても大丈夫なのです。バリオン星は黄金の光芒を放射して目前に迫っています。
「それにしてもスケール号には随分世話になった。素晴らしい宇宙船だ、礼を言わねばな。」
「自在に大きさを変えられるのです。我々の大きさを太陽にでも原子にでも変えて、空の世界を見せてくれるのです。
そればかりか実際にその世界に連れて行ってくれるのですからね。」
「ゴロニャーン」
スケール号は嬉しそうに鳴声を上げました。
こうしてスケール号はバリオンの王宮に着いたのです。
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