(31)
バリオンの王宮では、スケール号とお別れの大宴会が催されていました。
いまさらですがバリオンの王様はどうやら派手好みのようです。
それは歓迎パーティの比ではありませんでした。
国中がお祝いムードのお祭りです。
巨大な天空のドームの下に設けられた、円形の舞台では様々な種類の楽団が明るい音楽を披露し、華やかな衣装を身に着けた舞踊集団が競うように踊りだしました。
鳴りものの音が絶えず、盆踊りのような国民ダンスが三日三晩続いたのです。
外では見たことの無いパフォーマンスや光の祭典がもこりん達を夢中にさせましたし、テーブルに並べられた毎回の料理は日毎ぐうすかの眠りを妨げました。
「王様、ありがとうございました。おかげでのぞみ赤ちゃんの憂いは消えました。一刻も早くその健やかな姿を見たいと思いますので、出発いたします。」
「そうか、礼を云うのはこちらの方だ。スケール号の力がなかったら、バリオンの宇宙はどうなっていたか分からぬ。助けられたのは我々の方だ。」
「王様、これもみな、宇宙語の力だと思います。」
「そなたたちのおかげで、なんとなくその宇宙語というものが分かった気がする。我々は空でつながっているということだな。ひと族として。」
「はい、空は波動で満ちています。そして私達には共有する命の波動があるのです。宇宙語が。」
王様が無言で頷きました。
「呪術の奥義はの、冷たい波動の中から心地よい波動を選別して増幅させることなのだが、なぜ心地よい波動があるのか、なぜそれを心地よいと思うのか。
おかげでその正体が見えたのだ。」
「おうそれは良かったです。それは何か、お聞かせ願えますか王様。」
「心地い波動とはこの命の連鎖のことだったのだ。まさに命の波動。この波に乗れば、心は最初の一滴から最後の一滴が満ちるまで、
くまなくいきわたって宇宙そのものになる。つまりの、この宇宙は心地よいということなのだ。」
「宇宙は心地よい、それは命そのものを体感しているからだというのですか。つまり心地よいというのは命そのものが持っている波の味わいだと?」
「そうじゃ、たとえ辛い波動に出逢っても、それは心地よい波動に変えられるという大いなる保障でもあるのだ。」
「どんな心でも、必ず心地よい波動に合成することができると?」
王様は無言で肯きました。
「呪術を行う時、選別して辛い波動を捨ててきた。しかしそうではないと分かったのだ。これは大事な気づきであった。」
「それは?」
「辛い波動こそ逃がしてはならぬ。それをつかまえ、心地よい波動に変える力こそ、よき力を増幅させる真の力なのだ。嫌がるだろうがタウにも教えねばな。」
「今回は嫌がりません。王様。」
「何だ、いたのか。」
「王様の人の悪いのは変わりませぬな。私が後ろにいるのはご存じだったのでしょう。」
「まあそう言うな、それより今回は見事な働きであったぞ。タウ将軍。」
「将軍としてほぼ何もしておりません。しかしそれでよかったと思えるようになりました。」
「ならばもう少し、呪術に力を入れてもよかろう。」
バリオンの王様とタウ将軍の話しが熱を帯びて来たので、博士はそっと二人のもとを離れました。
博士は王様の呪術の話しにだんだん付いて行けなくなって、話を打ち切る思案を始めたところでした。
そのタイミングで出してくれた王様とタウ将軍の助け舟だったのかもしれません。
二人の話を聞きながら、ふと博士は「宇宙は心地よい」という王様の言葉だけがしっかり心に刻まれているのに気付いたのです。
次の日、スケール号はバリオンの王宮を飛び立ちました。
物見の塔には王様とタウ将軍を先頭に主なる重鎮がスケール号を見送ってくれたのです。
出発間際に、王様がやってきて揺りかごを覗き込みました。
「うっキャー、バブバブ」
北斗艦長は手足を勢いよく振ってとろけるような笑顔になりました。
「北斗、見事な笑顔だの。そなたのことはいつまでも忘れぬぞ。」
「あぶー、ばぶー」
「これを持っていくと良い。」
そう言ってバリオンの王様が二枚の短冊を取り出したのです。
太陽の紋章を刺繍したオレンジ色の小さな短冊でした。
「さあ、これがそなたの分だ。」
王様は北斗の右手に短冊を一枚握らせました。
「そしてこれが、のぞみ赤ちゃんのお守りだ。」
左手にもう一枚の短冊を渡すと、北斗はぎこちない指を動かしてそれを受け取ったのです。
「だめ!」
もこりんが思わず声を上げそうになりましたが、思いとどまりました。
というのも北斗艦長はとってもいい笑顔で短冊を受け取り、その両手を自分の胸の上に合わせて乗せたからです。
いつもなら、手に持ったものはみな、しゃぶしゃぶしてべとべとにしてしまうのですが、もこりんの心配は取り越し苦労だったのです。
のぞみ赤ちゃんに戻って行く道筋はスケール号のお手のものです。
艦長が眠っていても道を間違うことはありません。
のぞみ赤ちゃんが生まれる最初の一滴となった原子の世界。
そのバリオン系宇宙を出発すると、その原子がどのように結び合って命を紡いでいるのかがスケール号の窓から見えるのです。
その結び合う空の力が一つのうねりとなって大きな波となり、のぞみ赤ちゃんの身体に達するのです。
それらはすべて空の中で起こっている事であり、空だからこそ存在出来る波動と言わねばなりません。
次々に一滴一滴と積み上がって行く過程は、やって来た道のりとは明らかに違った、心地よいリズムの満ちた風景でした。
「宇宙は心地よい。」
バリオンの王様の言葉が響きました。
北斗が握りしめている短冊は、のぞみ赤ちゃんの最後の一滴が無事に積み上がることを願っているのでしょう。
あたたかく柔らかく、そうです。まさに心地よい光を放っていました。
細胞の世界は、青々として瑞々しい潤いを持っていましたし、ミトコンドリアは悠々と細胞の海を泳いでいます。
大きな鼓動が聞こえ。
赤い道に入ったスケール号はグングン運ばれていくのです。
どす黒い体液はすでに浄化されたのでしょう。きれいな流れに乗って、身体を造る一滴一滴が気持ちよさそうに流れて行きます。
のぞみ赤ちゃんの赤黒い、今にも破れそうだった皮膚はどうなったのだろう。
スケール号は正確にもと来た道を帰って来たのです。
枯れた泉だった汗腺はまるでオアシスのようになっていました。
その水面に顔を出したスケール号が見た光景は、イチゴの上にミルクをかけたようなつややかな皮膚の草原でした。
「やったー、こんなにきれいになっているなんて、」
ぴょんたはもうそれ以上言葉が出ませんでした。
カメラが部分から全体に画面を引くように、スケール号が大きくなると、のぞみ赤ちゃんはスヤスヤ眠っているところでした。
それも赤ちゃん用のベッドの中だったのです。
スケール号帰還の知らせを受けて、元気な赤ちゃん院の院長先生が両親を連れて駆けつけてきました。
「院長先生、すべてうまくいきました。のぞみ赤ちゃんはもう大丈夫です。」
「ありがとうございます。急に体重が増え始めまして、呼吸も血流も正常になりました。昨日からNICU卒業でこの部屋に変りました。
元気すぎて、この分だと平均体重をすぐに超えてしまいそうです。こんなうれしいことはありません。なにが原因だったのでしょうか。」
「見込んだ通り原子レベルの不具合でした。しかしすべてうまくいきました。のぞみ赤ちゃんは誰よりも強く育つでしょう。」
「何とお礼を言ったいいのか・・」
母親は涙を流して言いました。
「これを、」
博士はそう言って抱っこした北斗の左手を母親の手に乗せました。
「かわいい子ですね。」
母親が涙を拭きながら言いました。
北斗が手を緩めると、母親の手に短冊が残ったのです。
「これは?」
「のぞみ赤ちゃんのお守りです。どうかいつまでも肌身離さず持たせてあげて下さい。それが必ずこの子を守ってくれるでしょう。」
「ありがとございます。」
母親は短冊を押し頂き、父親は手を合わせて頭を下げたのです。
世界探査同盟の白いビルが見えてきました。
もこりんもぐうすかも、それにぴょんたも、食堂のおばさんのことを急に思い出しました。
きっと今日は、皆が大好きなシュークリーム!・・だったらいいな。
おばさんミルク忘れてないかな。
こうしてスケール号の冒険は終わりました。
「おじいちゃん、おばあちゃん、用意できたから北斗もお願い。」
お母さんの声がしました。
テーブルにケーキが飾られていました。今日はお父さんのお誕生日なのです。
お祝いカードには、お母さんに助けてもらって北斗もしっかりありがとうと書きました。もちろん宇宙語でね。
みんながおいしそうにケーキを食べるのを不思議そうに見ている北斗でしたが、
「北斗はこっちですよ。」
そう言ってお母さんが離乳食を用意してくれました。
スプーンで運んでくれる重湯は大好きでしたが、他に緑のものがありました。
冒険は、まだ始まったばかりです。
はじめての緑のものはほうれん草だと分かりました。
口に入れてもごもごしている北斗を見てジイジは、ほうれん草が好きになってくれたらいいなと思いました。
そして北斗の短冊を、とても大切なお守りだからと言って、ケーキを食べ終わったお父さんとお母さんに手渡しました。
短冊を持った二人がいつか出逢うことがあったらいいのにな。
ジイジはときおりそんなことを思ったりするのです。
ー完ー
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長い間お付き合いいただきありがとうございました。
今後の糧ともなりますので、
ひと言感想やご意見を頂けましたら幸せです。
よき宇宙の旅を
北藪 和(Waa)
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