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(22)
「待ってくれ、今はまずい。」
エルがきっぱり言いました。
「どうしてだ。」
博士の余裕のない声です。
「猫で見つかったら、猫のままでいいのです。猫のままで切り抜けましょう。
大きさで逃げるのは最後の最後です。」
ここで大きさを変えて逃げるのは簡単ですが、それでは隠密の意味がないというのです。
このことをネズミに知られたら、姫様が危険だ。エルはそう言って、博士の考えに反対したのでした。
何ものかに攻撃を受けていると感づかれたら、そうでなくても、何かおかしいと思われるだけで
ネズミがどんな手に出るか分からない。すべて思い通りに進んでいると思わせなければ、
ずるがしこい奴のことだ、姫様を亡き者にして暴走を始めるかも知れないのです。
今のところ、姫様は大丈夫。ネズミの欲しいものを何も与えていない。
だから殺さないし、やみくもに森を焼いて進軍させているのだ。
まず逃げて、作戦を練ってもう一度忍び込む。
今日のことで少し分かったことがある。
エルは皆の前で真剣に話をしました。
かわいそうなのはスケール号です。
自動操縦に切り替えられ、大勢の兵士たちに追われて逃げ回るしかありません。
乗組員たちはスケール号に任せっぱなしで、そんな会議を続けているのです。
もてあそばれるように追いかけられ、あげくの果てに盾の壁に取り囲まれてしまいました。
網が投げられ、ついにスケール号はその投網に捕えられてしまったのです。
「ギャーオーン」
スケール号が悲鳴を上げた時、事態は更なる危機に見舞われました。
突然舞い降りてきたオオタカの餌食となってスケール号は空高く連れ去られたのです。
この時ばかりはスケール号の慣性装置が働きません。
中にいた乗組員たちは、操縦室の中で左右前後に転げまわることになったのです。
無事なのは艦長の揺りかごだけでした。
悲鳴と、おもちゃ箱をひっくり返すような音がしばらく続いたのです。
「皆、大丈夫か?」
額から血を流した博士が、棚の下から這い上がってきました。
見ると大変なのは博士だけでした。ぴょんたも、もこりんもぐうすかも慣れたものですし、
バリオンの王様は杖が床にくっついて動きませんでした。
エルは若い戦士ですからこんなことで怪我をすることはありません。
「あッ、博士が怪我してるでヤすよ。」
もこりんの声で、ぴょんたが駆け寄りました。
そして薬箱を取り出そうとしたら不思議な事が起こったのです。
博士の額から流れている血がうすれて来たのです。
えっ!と見ているうちに額に白いものがぼんやり浮かんできたました。
白いものが次第に濃くなってそれはばってんの万能絆創膏になったのです。
「あ~ッ、あーッ、ほら、あの時の、スケール号の背中とおんなじでヤすよ。」
「そうダす!おんなじダすよ。」
「すると、これは艦長が・・・」
みんなは一斉に宙に浮かんだ揺りかごの中を覗き込みました。
北斗艦長は両手を自分の目の前で合わせて、互いにつかみ合おうともごもごしている
ではありませんか。人形のように小さな指をおぼつかない動作でつかもうとしているのです。
まるで天使が祈りをしているようです。
「艦長が両手を合わせているでヤす。すごいでヤすよ。」
まずもこりんが驚きました。北斗の腕はまだ短くて、どうしても両手を合わせることが
出来なかったのです。それが出来るようになったんだ、艦長。もこりんは大喜びです。
「北斗が貼ってくれたんだね。」
博士は知らぬ間にジイジに戻って北斗を見ていました。
北斗がキャッキャッと笑うと博士は思わず抱き上げて頬ずりをするのでした。
「ありがとう。」
そう言うと博士は北斗を揺りかごに戻しました。
のんきなことを言っていられないのです。
スケール号はオオタカにがっしりとつかまれたまま空を飛んでいるのです。
現実に帰って皆は緊張を隠せません。オオタカがいつしか大空を旋回し始めたのです。
眼下は緑の絨毯です。木の枝が丸く見えて連なり、遠くまで広がっているのです。
その一画に赤い帯が煙を立ち上げていました。赤い帯はくねくねと森を這う火の龍のようにうねり、
火炎を吐いているのでした。反乱軍の山焼きに違いありません。
じわじわと緑の絨毯が黒こげになっているのを見ると、誰もが言葉を失いました。
旋回していたオオタカが高度を落とし始めました。そして木の枝が目前に迫ったとき、
スケール号は無造作に投げ出されたのです。枝が切れて地面が見えたと思ったらそこは黒い湖でした。
スケール号は頭から湖に突っ込みました。
絡んだ網を解きほぐしてスケール号はやっとの思いで水面から顔を出しました。
岸まで必死で泳ぐしかありません。するとその岸辺に白い鹿が立っていたのです。
鹿の背中にはフクロウがとまっています。
驚いたことに、岸に上がったスケール号の金色の毛並みはすっかり黒色に染まっていました。
渾身の力で身震いしても舐めてみても黒色はとれません。
スケール号の悲しそうな泣き声が可愛そうに聞こえるのでした。
チュウスケの山焼き作戦は、動物たちに甚大な被害をもたらしていました。
棲みかを失い、移動することが出来ないものたちは皆煙と炎に巻き込まれて死んでしまいました。
森の王フケに再び会ったスケール号とその乗組員たちは、避難して来た動物たちと一緒に
輪を作って座っていました。中には毛が焼けて丸裸になった猿もいます。
「手荒なことをして申し訳なかった。」
森の王フケは、まず謝りました。
それはオオタカによる救出と合わせて、意図的に黒い湖に落としたことに対してなのでした。
黒い色は数日すれば消えてしまう。夜陰の行動に黒はきっと役に立つ。
フケはきっぱりと言いました。
今更どうしようもないので、スケール号はしぶしぶ黒猫を受け入れました。
ちょっと我慢すればまた金色になる。
スケール号は太陽の紋章に染められた黄金色がとてもお気にいりだったのです。
「我々は全面的に姫様救出と、チュウスケ討伐に協力する。」
森の王フケが岩の上に立って森に響き渡るように宣言しました。
「ありがとうフケ、私だ。」
「おう親衛隊の若頭、無事だったか。よかった。」
「この方たちは、・・・」
「お前より先に知っておる。それより姫様は?消息は分かったのか。」
エルの言葉をさえぎってフケが言いました。
エルはこれまでのことをかいつまんで話しました。
順を追って話しているうちに、気になってエルの心に引っかかっていた問題がすっかりまとまって
来たのです。エルはフケに向けていた顔を博士とバリオンの王に向けました。
「姫様の残した最後のマーキングですが、波型についた血痕です。よく見ると、
引きずられて出来た跡にしては少し不自然なのです。引きずられたまま付けたマーキングなら
自然に進む先に向かって余韻が残るものですが、あの波型の血痕にはそれがありませんでした。
つまりそこで止める意志が働いているのです。そう気付いたら分かりました。
最初にあのマーキングを見つけた時から、どこかに不穏な違和感を感じていたのです。
なにかは分からないのですが、どうも心がピタッとしない。そんな気分が今日もありました。
それがなぜなのか、マーキングが教えてくれたのです。」
「それはどういうことだ。」
皆がエルの話しに釘付けになりました。
「もっと早く気が付くべきでした。あのマーキングが付いた廊下の壁です。
あそこは来賓の間の入り口があったのです。間違いありません。」
直線の廊下の左右に6室ずつ、向かい合わせで12室の来賓の間が設けられていました。
そのうちの一室の入り口が壁に変っているというのです。
「つまり魔法で入り口が閉ざされている?」
「間違いありません。」
エルは王宮の見取り図に来賓の間を描き足して、12ある部屋の一つにバツ印を付けました。
「姫様はここに捕えられているに違いありません。」
「しかし魔法で消されているとなると、どうすればいいのだ。」
「スケール号なら壁を抜けることが出来る。」
バリオンの王様に博士が応じました。
「しかしそれはうまくいくまい。壁の隙間が魔法によって捻じ曲げられているとすると、
スケール号は隙間で惑わされてしまうだろう。」
「魔法は地下まで届いておらぬ。」
森のフクロウがフケの肩に乗ったまま言いました。
それを聞いたフケがヒューッと喉笛を鳴らして森に告げました。
そしてエルの顔が希望で輝いたのです。
「やりましょう。もう一度穴掘りだ。」
エルは動物たちと地下道を掘って隠れ城を作った時のことを言っているのです。
エルのまわりに穴掘り名手の動物たちがやってきました。
モグラは元よりアナグマやウッドチャック、ウサギ、イノブタもいます。
かつて姫様を慕って集まってくれた仲間達です。穴掘りの出来ない動物はほぼいないのです。
「オイラもやるでヤす。」
もこりんがツルハシを取り出して空に突き上げました。
動物たちがつられて歓声を上げました。まるでもこりんが総大将のようです。
ぴょんたも決心しました。でもぐうすかだけがもじもじしています。
「わたスはスケール号の中で留守番ダすね。」
「何を言ってるんでヤすか、ぐうすか。オイラ達はいつも三人組でヤすよ。」
「でも枕は穴掘りの役に立たないダすからね。」
「その大きな爪は穴掘りに最適だよ、ぐうすか。」
ぴょんたにも言われて、ぐうすかはしぶしぶ腰を上げたのです。
こうしてその日の夜更けを待たず、動物たちの穴掘り大作戦が始まりました。
小さな動物たちは枝と蔦で編んだかごに乗って、オオタカやオオワシが空輸することになりました。
大きな動物たちは自力で、スケール号と共に森を駆け抜けて行きました。
どこをどう掘り進めて行ったらいいのか、その指揮者にもこりんが選ばれたのです。
その補助役に親衛隊のエルがあたりました。
ぐうすかは枕の代わりに博士から肩掛けのナビゲーターを持たされました。
ぴょんたは誰もが認める救護役です。
なにしろ森の王フケの命を救った実績がものを言ったのです。
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