(8)
ここにありて、 しかもはるか彼方にあるもの。
我ら、 太陽族の生まれた理由がそこにある。
宇宙に伝わる太陽族の伝説を知ったのは、博士がスケール号の艦長だった時でした。
今はジイジになってしまいましたが、その時はまだ博士も子供でしたので、その伝説がどんな意味なのかよく分かりませんでした。
特に「ここにありて、しかもはるか彼方にあるもの」という謎めいた言葉は、銀河に輝いている星々のことぐらいにしか考えていなかったのです。
今思えば、この伝説の言葉には途方もなく深い意味が込められていたのだと、太陽の紋章を懐かしそうに見ながら、博士のジイジは気付いたのでした。
ジイジが艦長の時には、本物ののしてんてん博士がいました。今どうしているのだろうと思いますが、誰も教えてはくれません。
今、皆からそう呼ばれて、自分でもその気になってきましたが、本物の博士ではないのです。
その本物の博士が、神ひと様を探す冒険に連れて行ってくれたことをジイジは今もはっきり覚えています。
その時手に入れた宝物が太陽の紋章でした。この紋章のおかげで神ひと様と会うことができたのです。そして一番大きな驚きだったのは、銀河の太陽がひとつ残らず集まって神ひと様の身体をつくっているということを知った事でした。その感覚がスケール号を操縦したこの腕にまだ残っているのです。
「そうだったんだ!」元艦長のジイジは心の中で叫びました。それは原子が太陽の紋章を伝える種族だと本当に理解したそのときでした。
「太陽が神ひと様の体の根本なら、原子はのぞみ赤ちゃんの根本なのだ。それはともに命を授ける光を放ち続けている。それが太陽族の生まれた理由だったのだ!」
こうして太陽族の伝説の本当の意味をジイジは知ったのでした。
「はるか彼方」というのは、宇宙の横の拡がりばかりを言っているのではないのでした。それはむしろ縦の拡がりにこそ意味があったのです。
それはスケールの違う、太陽と原子の拡がりを意味する太陽族の系図を表していたのです。そして太陽族こそが、スケールの拡がる宇宙に生きる、すべての命の始まりを司っている存在だったのだと、ジイジは気付いたのでした。
しかも太陽と原子は別々にあるのではないのです。太陽族というのは、太陽としてここにあって、それは同時に同じ場所の中の、はるかスケールの彼方で原子として存在して宇宙の命を支えていることを意味していたのです。
「内なる太陽と外の太陽はともに合わさってこの私を生かしている。」ジイジは自分の胸に手を当てて涙ぐみました。
「ここにありて、 しかもはるか彼方にあるもの。」とはそういう意味だったのです。彼方というのは遠くという意味ではなく、その内側に拡がる小さな世界のことを表していたと気付いたとき、ジイジはかつてのしてんてん博士が言っていた一番大きな世界という意味が分かったような気がしました。自分の中で思いうかべる世界の広さがそのまま縦にどこまでも広がっていくように思えるのでした。
ここにありて、 しかもはるか彼方にあるもの。
我ら、 太陽族の生まれた理由がそこにある。
元艦長のジイジは太陽の紋章を見ながら、ひとしきり伝説のことを考えていたその時のことでした。にわかに太陽の紋章が輝きはじめたのです。
紋章の内側からオレンジ色が透けるように明るさを増して、扇状に黄金の光芒が現われました。まともに目を開けていられません。すると目を細めたジイジの前に人影が現われたのです。その人を見てジイジは思わず声を上げました。
「!博士。。」
それは光芒に包まれたのしてんてん博士その人でした。
「よくぞそこまで理解を深めたものじゃの。」
「のしてんてん博士ではありませんか。」ジイジはびっくりして言いました。
「それはお前のことじゃよ。」その人影が静かに語りかけました。
「私は艦長です、博士。分かりませんか。今はジイジになってしまいましたが、あの時の艦長ですよ、博士!」
ジイジは自分が艦長だった頃のことを誰も覚えていないのが残念でなりません。
「そんなことはどうでもよい。それよりやるべきことをやるのじゃ。お前にしかできぬことをな。」
かつて博士が艦長の自分に云ってくれた口調と同じなのがジイジには嬉しいのです。
「やるべきこと・・・」
「ひと族の系図を確かめるのじゃ。」
「ひと族というと?それは何なのですか、博士」
「もとひと様じゃよ。」
「もとひと様・・・」
「この旅で必ず会えるはずじゃ。」
それだけ言うとのしてんてん博士の姿がゆらりと揺れて、黄金の光芒の中に消えてしまいました。
それと同時に光がメダルの中に吸い込まれるようにうすれて、オレンジ色の太陽の紋章に戻ったのです。
「もとひと様」とは何だろう?
「ひと族の系図」??
それがのぞみ赤ちゃんを救うことにつながるのだろうか?赤ちゃんを救うことがスケール号に与えられた今ここにいる使命なのです。
ジイジの頭にいくつもの疑問が湧き上がってきました。
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ぶるんぶるんと頭を振って、ジイジは膨らみ過ぎた思いを振り払いました。後ろで興奮したもこりんの声が聞えたのです。
「博士!金色の星でヤすよ!!」
「ほんとダす。光が金色の線に見えるダす。間違いないダすよ。」
「あれが王様なのですね。神々しいです。」
「艦長、よくやったね。やっぱり天才だ。すごいぞ。」
ジイジは真っ先に北斗艦長を褒め称えました。目の前に黄金の星が見えるということは、北斗の意志がスケール号を正しく導いた証しだからです。
「ばぶ―ばぶ―」
北斗は揺りかごの中で握りこぶしをまっすぐに突き上げて笑っています。生後まだ数カ月の赤ちゃんなのに、北斗はすでに艦長の風貌をしているのです。艦長のしるしの赤い帽子が似合っているとジイジは思いました。
「確かに太陽ダすね。」ぐうすかが窓の外を指さしながら言いました。
「あッ、本当だ。太陽の周りをいくつもの星が回っている。ほら、地球みたいのもあるし、あの赤いのなんか火星だよ。」
「あのモクモクの星は木星みたいでヤすよ。」
「博士、あの光っているのが原子というものダすか。」
「実は原子というのは太陽系と同じなんだ。太陽の周りを地球や火星が回っているね。それをまとめて太陽系というだろう。それと同じように陽子の周りを電子がまわっているだろう。あれは地球や火星と同じ天体なのだよ。それをひとまとめに原子と呼んでいるんだ。太陽というのはあの原子の中心に光っている陽子のことなんだよ。我々が会いに来たのはあの陽子なのだ。」
「びっくりダす博士。天体というのは空に浮かんでいるでっかいものと思っていたダす。のぞみ赤ちゃんの中にも天体があるのダすか?」
「ぐうすか、考えてごらん。天体というのはみんな空(そら)に浮かんでいるだろう、スケール号はその空を飛んでここまで来たんだ。太陽が浮かんでいる空も、この空も、実はつながった一つの空なのだ。だからほら、太陽や地球も、陽子も電子も、みんな同じ空に浮かんでいる天体なのだよ。」
「この空はのぞみ赤ちゃんの中にある空で、その空は太陽が浮かんでいるあの空とつながっているんですね。」ぴょんたが耳を折りながら聞きました。
「そうだよ。だからスケール号が飛んで行けるんだ。分かるかな。」
「みんな一つの空(そら)の中にいるのでヤすね。」
「分かりました!博士。コップを思い浮かべたらいいんでしょう。1つのコップの中に太陽も原子も入っているんです。だからみんなコップの水の中に浮かんでいる。そうでしょう博士。」
「そうだぴょんた、君も天才だね。コップの中にあるのは真空と呼ばれる空間なんだけどね。」褒められてぴょんたは耳をはためかせて空に浮かんでいます。
「やっぱり熱いのでヤすか?あの原子の王様も。」嬉しそうなぴょんたを横目で見ながらもこりんが尋ねました。
「太陽と言ってもいつも熱いとは限らないんだよ。もこりん。スケール号の観測では、とっても寒いらしい。」
「金色の光は温かそうなんでヤすがね。」
「太陽の紋章の光かも知れないね。」
「早く行きましょう。会いたくなってきましたよ。」ぴょんたが張り切って言いました。
「そうだね、みんな持ち場に戻ろう。」
「了解!」
「艦長、金色の原子に接近しよう。陽子から一番遠くを回っている電子の傍まで行ったらスケール号をその電子の大きさにまで縮小して陽子に向うんだ。」
「ばぶ―、ばぶ―」
「ゴロニャーン」スケール号が艦長に応えて動き始めました。
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漆黒の宇宙空間に黄金の惑星が少しずつ近づいてくる。
スケール号の窓から太陽族と呼ばれる金色の陽子星はそんなふうに見えました。
スケール号の乗組員たちはだんだん大きくなってくる陽子星を見守っています。何て神々しいのでしょう。注意を払っていてもなんだか気分がうっとりしてきます。隊員たちはそんな自分の気持ちに気付いていませんでした。現実から少しずつ夢の世界に入って行くような感じなのです。スケール号は静かにゆっくりと進んで行きます。
「きれいダすなぁ。。」
「なんだかとても幸せな気分でヤす。」
「きっと優しい王様ですね。。。」
隊員たちが思い思いに心の声を漏らしていました。
その時でした。
「ぎゃニャおおおお-ん!!」
グサッ!!という衝撃音と共にスケール号の今まで聞いたこともないような悲鳴が操縦室に響き渡ったのです。
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