(9)
「フンギャー、フンギャー、フンギャーーー」
北斗艦長が激しく泣き始めました。
「ゴンゴロにゃごーー」
「フンギャー、フンギャー、フンギャーーー、ふんぎゃーーー」
スケール号と艦長の泣き声大合唱です。
「はかせぇ、どうしたんでヤすか。」もこりんがオロオロしています。
「落ち着け、みんな。各自持ち場で状況を確認するんだ。」
博士はみなに指示を出して、揺りかごで泣いている北斗艦長に駆け寄りました。いつもの泣き方とは違うのです。
「どうした?北斗。おおよしよし、痛いところがあるのか。」
火が付いたように泣く様子は、おむつでも、ミルクでもありません。
「よしよし北斗、何があった?どうした、どうしたんだ。」
北斗は全身の血が頭に集まったように顔を真っ赤にして息を詰まらせています。頭が破裂しそうで博士は両手で北斗の頭を包んで落ち着かせようとしました。でもどうあやしても泣き止む気配がないのです。
何が何だか分からない博士は、艦長のお尻を自分の前腕に載せて向き合うように座らせて抱き上げました。その時、抱っこした手のひらに赤いものがついているのに気づいたのです。
なんだこれは!びっくりして博士は北斗艦長の背中を見ました。小さな北斗艦長の産着から血が滲み出ているではありませんか。慎重に産着を脱がせてみると、北斗艦長の背中から血が流れているのです。着物を調べても揺りかごを見ても、傷つくようなものは何もありません。どうしたんだこれは。艦長は激しく泣くばかりで答えが見つからないのです。その時ぴょんたが大興奮して報告しました。
「博士!スケール号の背中に何かが刺さっています。」
「なんだって!よく見てくれ。」
「槍のようでヤす!金色に光った槍でヤすよ。」
「ぴょんた、艦長を見てやってくれ。背中から血を流しているんだ!」
「何ですって!」
ぴょんたが飛んでやってきました。
「博士、艦長は任せてください。血止めをすれば大丈夫です。」
さすがにぴょんたはお医者さんです。血を見てもひるみません。てきぱきと傷口を調べます。艦長の泣き声もぴょんたの手当てがよくていくらか治まりました。
「ありがとう。頼むよ。」
博士はぴょんたに艦長を預けて、もこりんの席に走りました。モニターに映し出されたスケール号の背中に黄金の槍が突き刺さっているのです。なんだこれは!
「スケール号、動けるか!」
「グロ~にゃーん」
スケール号からは弱々しい声しか聞こえません。いつものように動けないのでしょうか。
「頑張ってくれ、必ず助けるからね。」
「博士、槍がまた飛んでくるダす!これは王様の攻撃ダすよ!!」
「何だって!!」
ぐうすかのモニターには原子の王様が映っていました。王様から出ている黄金の光芒が何本も槍になってスケール号に向かって飛んでくるではありませんか。こんなに光の槍を受けては大変です。このままではスケール号はとても助からないでしょう。
「博士、今、艦長がスケール号を動かすのはむつかしいです。」
艦長はぴょんたの腕の中でまだぐずっているのです。
「どうするんでヤすか。」
スケール号は背中に光の槍を受けて凍り付いてしまっているようです。冷気が操縦室にも広がってきます。いつの間にか全員寒さに震えているではありませんか。これではたとえ艦長が命令してもスケール号は動けないでしょう。
「道は一つしかない。」
博士は独り言をいって艦長に駆け寄りました。
「帽子を借りるぞ!」
そう言いながら博士は艦長の赤い帽子を自分の頭に載せました。帽子は博士の頭の半分もありません。そんな時ではないのですが、奇妙な博士を見て隊員たちは少し笑ってしまいました。
そんなことはお構いなく、博士は操縦かんを握り、スケール号に命令したのです。
「スケール号、飛んで光の槍を避けるのだ。」
「フニャフニャ~」
スケール号は動きません。手足が凍り付いて動けないのです。
「それならスケール号、小さくなるんだ。原子よりも小さくなって槍を避けよう。」
「にゃごーん」
スケール号の身体がぐんぐん縮み始めました。それと同時にメキメキという音がしてスケール号がきしみ、悲鳴が聞こえたのです。槍が刺さったままスケール号が小さくなるということは、逆に刺さった槍がスケール号の体の中で大きくなっていくことと同じなのです。傷口の槍がめきめき大きくなったのでスケール号はたまりません。メキメキブチブチと船体が壊れ始めました。博士は勘違いして命令してしまったのです。
「ぐぎゃがやぎゃー」スケール号の悲鳴はそうとうのものです。
「逆だ、スケール号!大きくなるんだ。原子より大きく!」博士は自分の間違いを隠すように大きな声で命令しました。
「ぐぎゃにゃーン」
スケール号も必死で応えます。窓に見える黄金の星が点のようになり、銀河の中に紛れてしまいました。するとスケール号の背中に刺さっていた金の槍はするりと抜け落ち、闇の中に消えてしまいました。それと同時に凍てついた体から霜が消えたのです。
「大丈夫かスケール号。」
「フンにゃー」
スケール号はぎこちなく体を動かしました。致命的な被害は免れたようです。
その間に、ぴょんたは艦長の背中に万能絆創膏を貼って治療を終えていました。艦長はスヤスヤとぴょんたの胸の中で眠っています。
「スケール号の傷はどうだ、船外に出て修理できそうか。」
博士がぴょんたに聞きました。
「それが博士、おかしなことなんでヤすが、もうだれかが背中に絆創膏を貼ったみたいでヤす。」
「何だって?どういうことだ??」
「これを見てほしいでヤす。」
もこりんに言われるままモニターを見て全員がびっくりしました。槍が刺さっていたスケール号の背中に白い絆創膏がばってんに貼られていたのです。
「誰がはってくれたんダすか?」
「スケール号が自分で貼ったのでヤすか?」
「そんな馬鹿な。でも、これでスケール号の傷も治るでしょう。誰かが助けてくれたんですね。神様でしょうか。」
深く考えないのが隊員たちのいいところです。迫っていた危機が去ってホッとすると、スケール号の中はお祝いムードに変ってしまいました。もこりんとぐうすかが抱き合ってピョンピョンしているのです。
一人博士だけが額にしわを寄せて考え込んでいました。博士はぴょんたにだっこされて眠っている北斗艦長に目をやっているのです。
博士はぴょんたから北斗を抱き取ると、そっと背中に手を当ててみました。柔らかくて暖かい感触が伝わってきます。ぴょんたの治療のおかげです。博士はあらためてぴょんたにお礼を言いました。その時博士の頭にひらめいたものがありました。
「そうだったのか。」博士は北斗の寝顔を見ていて、ひとり驚いたように言いました。
「どうしたのですか?博士。」ぴょんたも艦長の寝姿を観察しながら博士のつぶやきを聞いたのです。
そんな二人に気が付いて、もこりんもぐうすすかも艦長の周りに集まってきました。
「艦長は大丈夫でヤすか?」
「いい顔で寝ているダすね。きっと大丈夫ダすよ。」
「スケール号に絆創膏を貼ってあげたのは艦長なんだよ。」博士が艦長に眼を向けて言いました。
「ええっ、それは無いでしょう博士。艦長はその間ずっと私が抱いていましたよ。」ぴょんたが反論しました。
「どうやって外に出たのでヤす?」
「それより、艦長ははいはいだって出来ないダすからね。」
「艦長がどうして怪我をしたのか分かるかい。スケール号と同じ場所だ。」
「そう言えばそうダす。考えられない怪我ダすなぁ。。」
「確かスケール号が槍を受けて、同時に艦長も泣き出したンでヤす。」
「それも同じ背中・・・博士、これってもしかしたら・・」
「おそらくね。艦長とスケール号は宇宙語でつながっている。そのつながりがだんだん強くなっているのだ。」
「ということは、どういうことダすか?」
「艦長とスケール号のつながりが強くなってきて一体化が起こったんだ。」
「一体化でヤすか・・・??」
「だからもこりん、スケール号に起こったことが艦長の体にも表れてしまったんだよ。」
「その通りだ、ぴょんた。」
「スケール号の痛みを、自分の身で本当に感じて体験しているということダすか?」
「ぐうすかは詩人だね。きっとそれが正解だろう。」
「すごいですね。」
「だから艦長は、ぴょんたに治療してもらったことをスケール号にもしてあげたのだよ。」
「そうか、艦長があの絆創膏をスケール号に貼って上げたんですね。」
[・・・・・」
しばらくみんなは言葉が出ませんでした。
博士はそっと動いて、艦長を揺りかごの中に寝かせてやりました。そして自分の頭に乗っていた帽子を丁寧に艦長の頭に被せたのです。
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