のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

第 二 部  六、新月の夜  ( 王 宮)

2014-12-04 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

                王 宮

 

  空に有明の月が出ていた。下弦に弓なりになった折れるような月が大きく西に傾いている。新月が近いことを示していた。

 東から太陽が昇り始め、やがて王宮の庭に光が差し込んで来た。もやのような朝霧が光を浴びて、一粒一粒の霧の動きが見えるようだった。その霧に埋もれるようにバラの花園が広がっていた。色とりどりのバラが集められて、心地よく配列されている。中でも深紅のバラのあでやかさは、花園の中央にあって誰の目も引き付けた。

 エミーが花園に入ると、すでに人影があった。霧に包まれるように、物腰の美しい后が花の手入れをしているのだった。

  「おはようございます、ロゼット様。」

 「おはよう、エミー。」

 「今日もいいお天気になりそうですね。」

 「ええ、城での生活はもう慣れましたか。」

 「ありがとうございます。お陰様で少しずつ馴染んで参りました。でも、言葉使いや作法は難しくて、なかなか覚えられません。」

 「あせる事はありません。私もここに来たときはそうでした。」

 「ロゼット様も?」

 「そうです、私はサンパスの出。」

 「サンパスというと、港町のサンパスですか。」

 「そうです。行ったことはありますか。」

 「ええ、父と一度。」

 「そうですか。サンパスも変わったでしょうね、もう二十年以上も前の事ですから。」

 「一度も帰っておられないのですか。」

 「そうですね。」

 「お淋しくはありませんか。」

 「時にはね。」ロゼットは手を伸ばして盛りの済んだ花びらを摘み取った。

 エミーはひしゃくでバラの根元に水をかけていった。城に入って七日目の朝だった。城の迎えは物々しかった。きらびやかな輿が用意され、十人の従者に引き連れられて城門を潜ったのだ。カルパコは終始無言だった。エミーもまた、何を話せばいいのか分からなかった。輿に乗せられたとき、エミーは一瞬カルパコを見た。

 「すぐに帰ってくるわ。」エミーはカルパコに言った。

 「エミー!」カルパコが叫んだ。

 輿のすだれが降ろされ、外が見えなくなった。輿はゆらゆらと居心地悪く揺れた。不安がそのまま現実になったように感じられた。長い単調な時間が過ぎた。次にすだれが上げられた時、目の前に王子が立っていた。

 「よく来た。まずはゆっくりするがよい。」

  王子はそう言ったきり姿を消した。エミーの想像は完璧に覆された。エミーはロゼット后の元に置かれ、毎日礼儀作法を学ばされた。年老いた従事長の厳しい訓練を受け、召し使いのジーンがエミーの世話をしてくれた。しかしその間、一度も王子は姿を見せなかった。王の前で歌をうたうと思っていたエミーの意気込みはいつの間にかしぼんでいた。一体これから先、どうなるのだろうか。エミーはやる瀬ない思いを募らせていた。

  「エミー、水をかけ過ぎないようにね。」后が優しく注意した。

 「あっ、申し訳ございません。ロゼット様。」

 「日が昇り切らない内に、水をやってしまいましょう。」

 「はい、ロゼット様。」

 「母上、お早いですね。」

 エミーの背中で王子の声がした。

 「まあ、ウイズビー、これから王様の部屋に行くの?」

 「ええ、朝の挨拶です。」

 「じゃあ、これを持って行って下さる?」

 「喜んで。」

 ロゼットは手際よくバラの花を切り取り、花瓶に差した。王子はそれを受け取り鼻を近づけた。

 「いい香りだ。これが味気ないものに感じた時期があった。」

 「でも、あなたは回復したわ。」

 「そうです、母上。このエミーの母親の歌が、私にこのバラの花を与えてくれたようなものだ。」王子はエミーを見た。エミーは恥ずかしくなって目を伏せた。

 「ほう、随分しとやかになった。」

  「ウイズビー、女をからかうものじゃありません。」

 「はい母上、では行って参ります。ところで母上、このバラ、明日はご自分でお持ちしたらいかがですか。」

 「王様は私が部屋に入るのを良く思われないのです。」后は淋しそうに言った。

 「そんなことはないでしょう。父上はただご自分の病が母上に移るのを恐れておいでなのです。母上が花を持って行けば父上も喜びましょう。」

 「そうだといいんだけど。」

 「あの王子様、私はいつまでこうして、」エミーが恐れながら訊いた。

 「父上の容態が良ければ、今日にもお目通りがかなうだろう。それまで歌の練習に励んでおくようにな。」

 「かしこまりましてございます。」

 「では母上、失礼します。」

 「王様をよろしくね。」

  「分かりました。」

 ウイズビー王子は靴音を響かせて花園を出て行った。エミーは王子を見たとき、ほっとして、何となく嬉しいような感情が起こってくるのを感じた。思惑が外れて七日も放っておかれた不安が、そうさせたのかもしれなかった。エミーの心に複雑な感情が生まれ始めていた。

 

 

 

         次を読む

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« のしてんてん絵画の解説(4) | トップ | のしてんてん絵画の解説(5) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

小説 黄泉の国より(ファンタジー)」カテゴリの最新記事