のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

四、ユングの手紙 (女司書)1

2014-10-30 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

 

 ユングの葬儀はひっそりと行われた。バックルパーの家族の他はエミーの友達が三人、図書館の方からはミネルバという女司書一人が参列しただけだった。二十年も努めた図書館なのに、どうして館長は来ないのか。バックルパーに腹立たしい思いが盛り上がってきた。悲しい喪失感がとげのように突き刺さってくる。

 ユングの寂しい人生は自分のせいだと、バックルパーは考えていた。二人とも故国に身寄りはなかった。戦争で家族を失い、小さなバックルパーとユングは自力で生きて行かねばならなかった。船に潜り込んだのはバックルパー七歳、ユング五歳の時だった。それから海上の生活が始まり、二十歳のころには立派な船乗りに成長していた。

 その船がセブズーの港にやって来たとき、港町の酒場にいた美しい歌姫にバックルパーは心引かれ、やがて二人は結婚した。それがヅウワンだった。

 バックルパーが陸に上がることを決心したのを知ると、ユングは自分もこの地に止まると言い出した。孤児の二人は互いに支え合って生きて来た。それは兄弟以上のつながりを心の中に育てていたのだ。バックルパーはユングの決心を喜んだ。それからの長い年月の間に、バックルパーとヅウワンはしきりに結婚を進めたがユングは結局心を決めることができなかった。

 ユングもまたヅウワンに心寄せていたことを、バックルパーは知っていた。ユングはその生真面目さゆえに自分の心を偽ることが出来ずに、ヅウワンと距離を置きながら、なおかつ他に心を移すことが出来なかったのかもしれない。バックルパーはそう思っていた。

 柩はバックルパーが作った。カンナを使い、クギを打つ度に、ユングへのそんな思いが次々と生まれてくるのだった。

  その柩が黒い穴の中に入れられ、導師に促されて、バックルパーは一塊の土を柩の上に被せた。それを合図に墓守り達のスコップが一斉に土をかぶせ、柩を埋めていった。参列者は皆合掌して目を閉じた。上空でカラスの鳴き声が聞こえた。エミーがそっと目を上げた。二羽のカラスが高い空に輪を描いていた。エグマがエミーの脇腹をつついた。エグマの方を見ると、エグマは目で隣の墓標の方を指した。墓標の上にはカラスが数羽とまってこちらを見ていた。はっとして周りを見ると、その周辺の墓標にカラスがとまって、まるで参列者のようにこちらを見ているのだった。

  葬儀が終わったとき、バックルパーは司書のミネルバに丁寧な礼を述べた。それから館長の参列がなかったことへの正直な気持を言った。ミネルバは恐縮して、うなだれた。

 「館長は忙しくて、」ミネルバは言いにくそうにそれだけ答えた。

 「そうですか。」バックルパーもそれ以上言うことは出来なかった。何十年たってもよそ者扱いか。言葉を奥の歯でかみ締めた。

  エミーは忘れていたユングの手紙を取り出し、三人の前に広げた。ユングはきっとこの手紙を書いている途中に吐血して洗面所にかけて行き、そこで倒れたに違いない。手紙の端に血が飛び散っていた。

  エミーへと書かれた封筒と、書きかけの手紙がくしゃくしゃになっていた。気が動転して手紙をそのままポケットに押し込んだためだ。

  一枚目の紙には何かの建物の配置図が描かれていた。ユングらしい丁寧な図だった。図には一本の赤い線が入れられていた。その線は右下に開いている小さな扉から内に入り、廊下を何回か曲がって奥にある部屋まで達していた。その部屋に入るには三つの扉を通過しなければならないようだった。

 二枚目の紙には文字が書かれていた。

 『配置図右下の小さな扉から入れ。鍵は四』

 文字はそこで途切れていた。最後の四の字は書き始めた手が、突然別の動きをしたように線があらぬ方向に流れていた。その端に血が飛び散っているのだ。

 手紙をここまで書いていて、ここで突然発作に見舞われたのだろう、手で口を押さえて、吐血を受け止めようとしたに違いない。

 

 

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