「何をそんなに驚いているんだ。」後ろにカルパコが立っていた。
「カルパコ、もう、びっくりさせないでよ。」
「ごめん、ごめん、なにか深刻そうだったから声をかけそびれちゃって。」
「ちょっと考え事してたの。」エミーが言い訳をした。
「おーい、」
ダルカンとエグマが手を振っている。皆がそろうと、エミーの不安もあっという間に消えてしまう。アモイ探偵団の力なのだ。
「さあ、行こうか。」四人は図書館に向かった。
エミーは図書館の司書室の窓からユングの姿を探した。しかしいつもの、ユングの席は空席だった。図書室のカウンターにも姿はなかった。
「すみません、ユングさんはどこにいますか。今日約束していたのですけれど。」エミーはカウンターのミネルバという名の女性司書にたずねた。
「今日はまだ来られていません。」
「休んでいるんですか。」
「何かあったのかもしれません。彼が無断で休むなんて、今までなかったことですから。ちょっと心配しているんです。」
「そうですか、私、これから家の方に行ってみます。」
「そう、そうしてもらえれば嬉しいわ。」
エミーは不安になった。三人の先頭に立って、急ぎ足でエミーはユングのアパートに急いだ。ユングはバックルパーと子供のころからの友達だった。そんな関係で、エミーはバックルパーに連れられてよくユングのアパートに行ったのだ。
ユングはまじめで、約束を破ったことは一度もなかった。どんな小さな約束でも決して忘れることはなかった。小さなエミーに対してもそれは同じだった。そのユングが、今日無断で休んでいるというのだ。病気かもしれない。ユングは独身だから、きっと不便をしているだろう。エミーはカルパコを好きになるまで、ユングのお嫁さんになりたいと思っていた。どうしたんだろう、妙に胸騒ぎがする。
図書館から二十分ほど歩いて、四人はユングのアパートについた。 ドアの前に立ってノックをした。 返事はなかった。 二度三度とドアをたたいてユングの名を呼んだ。 ドアのノブに手をかけると、カチっと音がしてドアが開いた。 鍵がかかっていなかった。 エミーは波立つ心を押さえてドアを開けた。 ユングの姿はなかった。 エミーはユングを呼んだ。 返事はなかった。 四人は顔を見合わせ、そして部屋の中に入って行った。 廊下を抜け、居間のドアを開けた。 整頓された部屋が見えた。 隣のドアをゆっくり開けた。 書斎だ。 そこにもユングの姿はなかった。 机の上に書きかけの手紙があった。 エミーの名が書かれていた。 エミーは不安げに手紙を取り上げた。 紙を広げると、建物の配置図が書かれていた。 その紙に血がついていた。 すると、机の縁にも血のついているのが目に入った。 机の縁を血糊のついた手が触った跡だった。 その血は床にも落ちていた。血の滴った跡は、転々と床を這い、風呂場のドアの前まで続いていた。 ドアに手をかけた。 ドアが動いた。 ドアの向こうに洗面台が見えた。 水槽は赤黒い血でまみれていた。 思わずエミーは手で口を押さえた。 洗面台の下にうつ伏せに倒れている人がいた。
「キャーッ」次々に悲鳴が上がった。ユングが血まみれで倒れているのだ。
エミーはユングに駆け寄った。背中がかすかに動いて、苦しそうに息をはいていた。
「ユング、しっかりして、」エミーがユングにしがみついた。
「しっかりして下さい。」カルパコがユングを抱き、頭を上げた。血はユングの口元からまだあふれていた。大量の吐血だった。
カルパコとダルカンがユングをベッドに運んだ。エグマは町の医者の所に走った。エミーはバックルパーを呼びに駆け出した。
バックルパーが駆けつけたときには、医者が手当をしている所だった。カルパコとダルカンがユングの体をきれいに拭いていた。
「ユング!」バックルパーは狂ったように叫んでユングのベッドに駆け寄った。ユングの心臓は止まりかかっていた。
「どうしたんだ、しっかりしろ、ユング、」バックルパーはユングの手を握った。ユングの手がかすかに動いた。そして苦しそうに口元を動かした。バックルパーに何かを言っているようだった。
「何か言いたいのかユング。」バックルパーは両手でユングの手を握り、顔を近づけた。ユングはそれきり動かなくなった。目が閉じられた。ユングの全身から力が抜けて行くのをバックルパーは、自分の両の手に感じ取った。
「ユング!」バックルパーはユングにしがみつき、恐ろしい形相で泣き崩れた。そのあまりの激しさに、エミーは自分の悲しみを忘れていた。医者はユングの脈を取り、ユングの臨終を告げた。そこにヅウワンが駆けつけて来た。
「間に合わなかったのね、」息を切らしてヅウワンはバックルパーとユングを見下ろした。
「母さん。」エミーはヅウワンに身を寄せた。
「エミー、」ヅウワンはエミーを抱き締めた。
医者はカバンをさげて出て行き、カルパコとエグマとダルカンは茫然と立ち尽くしていた。
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