のしてんてんハッピーアート

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第 二 部 三、エミー ( お札)

2014-11-21 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

 

 サンロットが運び込まれた病院を出ると、エミー達は再び町の広場に帰って来た。市は、昼前の突風の影響を受けて半分近くは店を畳んでいた。セブ王の噴水の周辺に立てられていた、のぼりはすべて取り外されていた。喉自慢大会のあった舞台はなくなっていた。

 「これをどう思う?」カルパコはそう言って一枚の紙切れを出した。片方に紐のついた、手のひらに乗る程の大きさの黄色いお札だった。お札は何かに押し潰されたように中央からちぎれそうになっていた。

 「それは私の?」エミーがそのお札を受け取った。

 「間一髪だったものな。」

 「カルパコの時もそうだったよな、なんだかこのお札が身代わりになったような。」

 「信じられる?」エグマが言った。

 「不思議だけど、やっぱりお守りの力があるのかしら。」

 「そのようだな。」

 「じゃあこれジルの店に行って交換してもらわなくっちゃ。」

 「よし、ジルの店に行くか。」

 「ええ。」

 「それから私の家でパーティーよ。」エミーが言った。  

 「パーティーだって?」

 「ほらこれよ。」エミーは封筒をひらひらさせた。

 「そうだ忘れていたぜ。賞金のこと。」

  「ヤッホー!」

 「思い切りおいしいお菓子を食べようよ。」

 「それはいいけど、それからどうするか覚えているか?」カルパコが誰にともなく訊いた。

  「えっ、何だっけ。」

 「ばかだな、一番大事な仕事が残っているだろう。」

  「図書館侵入。」

 「いけない、ころっと。」エミーがおどけて言った。

  「まったく、」

 カルパコは呆れて歩きだした。その後を三人が追った。四人はカルパコを先頭にして四丁目のジルの店に向かった。建国祭のせいだろう街角にはいつもより人通りが多かった。ジルの店にも時々客が入って来ては、ひもの類や金物などを買っていった。エミー達が入って行くと、ジルが気づいて声をかけた。

 「よう、久しぶりに来たね。」

 「こんにちは。」

 「今日はどんな用なんだ。」

 「あの、この前はお母さんの葬儀に来ていただいてありがとうございました。」

 「ああ、気がついていたのか。」

 「ええ、すぐ分かりました。」

 「なるほど、この体だからね。」ジルはポンポン自分の腹をたたいた。

 「あのそういう意味じゃないんですけど。」

 「ははは、いいんだよ。」

 「それでジルさん、エミーがまた事故に遭ったんです。」カルパコが用件を切り出した。

 「なに、どんな事故なんだ。」

 「昼前に広場で突風が吹いたんです。ちょうど喉自慢大会に出ていたエミーの上にのぼりの丸太が倒れて来て挟まれました。」

 「それで大丈夫だったのか。」

 「ええ、このお陰で。」エミーはそう言って黄色いお札をジルの前に出した。ジルは黙ったままその押し潰された紙のお札を見つめた。

 「エミーの代わりにこのお札だが丸太に挟まれて、エミーは丸太の隙間で助かったのです。この前は僕が馬車に引かれそうになって、お札に助けられました。これって一体どんなお札なんですか。」

  「うちのばあさんが作った魔よけのお札さ。役に立って何よりだ。」

 「ほんとうに助かりました。」

 「さあ、新しいお札だ、もっていなさい。」

 「ありがとうございます。」エミーは新しいお札を丁重に受け取った。

 「どうしたんだい、だれか来たのか。」奥からパルマの声がした。

 「例の四人組が来てるのさ、ばあさん、用があるのかい。」ジルが奥に向かって叫んだ。 「そんな大声出さなくったって聞こえるよ。このばか息子。」

 「あの、おばあさん、いえパルマに聞きたいことがあるんですけど。」エミーがとっさに思いついて、ジルに言った。

 「エミーがばあさんに聞きたいことがあるってさ。」

 「奥へお通しよ。」

 「来なってさ。」

 「ありがとうございます。」

 四人はそのまま奥の部屋に通った。古びたテーブルにパルマが座っていた。パルマはテーブルに広げた紙に赤いインクで図面のようなものを描いていた。

 「パルマは設計図を描くんですか。」ダルカンが感心して言った。

 「年寄りの遊び事さ。」

 「何を描いているのですか。」

 「なに、ちょっとした城の配置図さ。年寄りの暇つぶしじゃて。」

 そう言いながらパルマは描きかけの紙を丸めて机の脇に置いた。

 「ところで、話とはなんだね。」

 「この前、お聞きしたセブ王の噴水のことですけど、もともと一対のものだったっておっしゃいましたよね。そしてその一方はどこに行ったか分からないと。」

 「確かにそう言ったが、それがどうかしたのかな。」

 「私、夢の話ですけど、黄泉の国に行ったんです。そしてそこでセブ王の噴水を見ました。不思議なんですけど、とてもよく覚えているんです。」

 「それは面白い。で、その噴水はどんなものだったか覚えているかの。」

 「はい、ちょうどこの国の噴水とは、鏡に映ったように反対になっているんです。右の手が上に挙げられ、その手のひらに赤い、オレンジ色に近い色でしたけど、玉が握られていました。」

 「それは確かに間違いないのだね。」パルマが念を押した。

 「はい、この目ではっきり見ました。夢の中でしたが、」

 「正夢じゃな。」

 「正夢?」

 「人はの、気持が高ぶったときに、まれに正夢を見るのだよ。」

 「それはどんなものなのですか。」カルパコが訊いた。

 「体は眠っているのだが、心が勝手動き出して旅をするのじゃ。」

 「するとエミーの心が本当に黄泉の国に行ったというのですか。」ダルカンも口をはさんだ。

 「そういう事だろうの。」

 「信じられない。黄泉の国は本当にあるのですか。」

  「信じられないのは行ったことがないからだよ。」

 パルマのことばに皆はただ無言で肯くしかなかった。しばらく沈黙が続いた。そのうちにエグマが懐から訳した噴水の銘文を取り出して言った。

 「とにかくエミーの話しはこの文章と完全に一致するよね。」

 「そうだな。まず、黄泉の国にあるのが死の像に違いない。」

 「『死の像は生の像と対になり、赤い玉をかざす』そうだったよな。」

 「ええ、そう。」

 「すると、『生の像は死の像と対となり、青い玉を天にかざす』という文も真実味を帯びてくるよね。」

 「セブ王の左手にあったものは青い玉で、それは誰かに取り外されてしまった。きっとこれは正しいぜ。」

 「それは何なのだね。」パルマが興味深げに覗き込んだ。

 「広場にあるセブ王の噴水についている銘文です。エグマが訳しました。」

 「なるほど、これは面白いの。わしの話したいい伝え通りだな。」

 「エミーの夢、それにこの銘文、これがつながる先に何があるんだろう。」

 「なんだかよけいに興味が出て来たよね。」エグマが言った。

 「もう一歩で噴水の秘密がつかめそうな気がするぜ。」カルパコが言葉を弾ませた。

 「じゃあ、本当にあるのですね。私の会った母さんは、本当に黄泉の国にいたのですね。」エミーが身を乗り出して、ピントのはずれた事をパルマに訊いた。

 「寝ている間に、お前の魂が抜け出して、母親に会いに行ったんじゃよ。」パルマもそれに答えた。

 「じゃあ、」エミーは突然立ち上がった。

 「どうしたのだ。」

 「あれが本当だとしたら、母さんは私のために骸骨の兵隊に捕まってしまったのよ。私はそのまま槍で刺されて目が覚めたけど、母さんはどうなったんだろう。捕まって牢に入れられたかもしれない。」

 「なに、ヅウワンが捕まえられたというのか。」

 「あの骸骨の兵隊は警備隊だと言っていた。パルマ、警備隊って何?」

 「警察のようなものさ。昔、始祖王の時代の警察は王直属の軍隊だったのだ。それが将軍の率いる警備隊なのだよ。その警備隊が市民の警察に引き継がれて今の警察があるのだがね。」

 「すると、黄泉の国ではいまだにその警備隊が動いているというのですか。」カルパコが言った。

 「あるいはな。」

 「パルマ、どうしたらいい。」エミーは急に不安を募らせて、せき立てられるような訊き方をした。

 「気掛かりだな。」

 「私、母さんに謝るつもりで黄泉の国に行って、余計に母さんを困らせてしまったのね。夢だと思っていたのに。」エミーは泣きそうになった。

 「エミー、そんなふうに考えちゃいけないよ。」カルパコが慰めるように言った。

 「でも、本当に母さんは私の目の前で捕まってしまったのよ。腕を後ろにねじられて骨の折れる音がしたの。」

 「そんなことを言ったって、どうしようもないじゃないか。」

 「ねえパルマ、もう一度黄泉の国に行くにはどうしたらいいの。」

 「行ってどうするというのだ。」

 「母さんを助けたいの。」

 「エミーよ。お前の助けが必要なら、扉は自然に開く。すでにお前の心は黄泉の国に入ったのだ。もしヅウワンがそれを必要と思うなら、必ずその時は来るだろう。」

  「本当ですか。」

 「そう信じるのだな。心に疑いを持ってはならぬ。分かったか。」

 「はい。」エミーは観念したように頭を下げた。

 ジルの店を出ると、エミーはしばらく一人になりたいと言い出した。皆もエミーの気持を察してエミーの優勝パーティーは延期する事に決めた。ただ、王立図書館に侵入するのは今夜がチャンスだから決行しようとカルパコが言った。夜の十時前に広場に集合することを約束して四人は別れた。別れ際にカルパコは、エミーに、気持の整理がつかなければ、今夜は来なくていいと言った。今日の事故の事もあった。とにかくゆっくり休む方がいい。カルパコはそう言ってエミーを優しく抱いた。

 「ありがとう、カルパコ。少し元気がでたわ。」

 「よかった。」

  結局カルパコはエミーの肩を抱いたまま、エミーの家まで彼女を送って行った。二人は家の前で佇み、抱き合った。カルパコの体の温かさがエミーの心にまで染み込むようだった。  

  「あまり自分を責めるんじゃないよ。」

 「ええ。」

 「もしまた、エミーが黄泉の国に行くのだったら、今度は俺も一緒に行くからな。」

 「カルパコ、」

 「だから、一人だけで悩むのはやめろよ。」

 「ありがとう、カルパコ。」

 「とにかくゆっくり休むんだ。」カルパコは最後にそう言い残して帰って行った。エミーはカルパコの姿が辻に消えるまで見送って、家の玄関を入って行った。

 

 

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