のしてんてんハッピーアート

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三、ユング司書(雑貨屋ジル)5

2014-10-27 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

「新字体が制定されるとほとんど同時に、旧字体で書かれた本はことごとく焼き捨てられたのだ。旧字体はもともと砂漠の民の文化そのものだったのだが、その本を痕跡も残さぬように国中の本を没収してまわったのだ。それはとても奇妙な事だ。」

 「どうしてですか?」

 「考えても見よ、クルゾの文化を抹殺するというのなら分かるが、自分の文化を抹殺してしまうというのだ。普通では考えられないことだ。」

 「そういえばそうですよね。」

 「その旧字体の本ですけど、王立図書館には保管されているそうです。」

 「ほう、」パルマは目を丸くした。

 「一般に公開されていないんだそうですが、ユングが今度見せてくれるって約束してくれました。」

 「それは本当なのか。興味深い事じゃ。」

 「何か面白いことが分かったら、お教えします。」カルパコが言った。

 「おお、そうか。それはありがたい。機会があれば、の。」

 「ではきっと。」

 四人は潮時を見計らって、パルマに丁寧な御礼を言って、部屋を出た。

 「おい、お前さん達、」 

 店を出ようとしたとき、後ろからジルの太い声が呼び止めた。

 「何でしょうか、」エミーが振り向いた。

 「これを持って行くといい。」ジルはお札を差し出した。

 「これは何ですか。」

 「ばあさんの話を聞いたんだろ。そんなときはこれが必要だ。一人ずつ持っていくんだな。」

 「お守りのようですが、ここではこんなものまで売っているんですか。でも、お金が、」 エグマがちょっと驚いて見せた。

 「余計な事を言わなくていい。金を取ろうというんじゃないよ。さあ、受け取るんだ。身から離すんじゃない、分かったな。」

 「はあ、」四人は不審気にそれを受け取った。

 こうして四人はジルの雑貨屋を出た。夕暮れが近づいていた。ガス灯を灯す火種を持った老人が通路を横切って通り、向かいの路地に消えた。

 「これ、どういう意味なのかしら。」

 「ちょっと気持が悪いね。」

 ダルカンはしげしげと渡されたものを見た。それは魔よけの封印が写された黄色いお札だった。

 「あまり迷信に惑わされるのもいやだね。」カルパコがお札を指に引っかけて回しながら言った。

 「でも、私あのジルという人、信用出来ると思う。」

 「ちょっと不気味だったけどな。」カルパコが笑って応じた。

  「それより、気がついたか。」ダルカンはカルパコに言った。

 「何が、」

 「あのパルマというおばあさんが何か書いていただろう。」

 「ああ、俺達が入って行ったとき何か書いていたが、それがどうした。」

 「あのインク、赤色だった。」

 「そういえば、そんな気がするけど、それがどうしたの?」

 「もしかしたら、あの依頼主はパルマだったのじゃないかと思ったんだ。」

  「そういえば、あの依頼の紙には赤い色の文字が書いてあったわね。」

 「それは考え過ぎだろう。」

 「そうよ、同じ色のインクなんかいくらでもあるでしょう。それに、理由がないじゃない。大体、おばあさんがどうしてあんなこと出来ると思うの?」 

 「それはそうよね、やっぱりダルカンの考え過ぎかもね。」

 「でも、あの依頼主の文は、少なくともパルマが話してくれたことぐらいは知っていなければ書けなかったはずだろう?」

 「確かに、セブ王の噴水を探せってあったよな。ということは、すでに依頼主は答えを知っているってことか。」カルパコは考え込んだ。

 「でも、もしそうなら、どうして私達にわざわざ調べさせる必要があるの?おかしいじゃない。」

 「もしかして、何か新しい事を私達にさせようとしている?」

 「それは、自分が動けないから、」

 「つまり、おばあさんっていう訳か。」

 「どうだ、その線、考えられるだろう。」

  「すると、このお守りっていうのも何か気になるな。」カルパコは黄色いお守りを目の高さに持ち上げて、透かすように見た。

 四人が四丁目の街角から向こうの路地に出ようとした時だった。突然、蹄の音と車輪の軋む音が聞こえた。

 「キャー!」エミーとエグマが同時に悲鳴を上げた。

  「危ない!」ダルカンが立ちすくんだ。

街路を馬車が突進して来たのだ。カルパコが話しながら道に踏み出したその時だった。カルパコが倒れ込むのと、馬車が通過するのが同時だった。

  「カルパコ!」エミーはカルパコに駆け寄った。馬車は気づかなかったのか、そのまま街路を駆け抜けた。

  「大丈夫?」エグマもダルカンも駆け寄った。

  カルパコは手のひらから血を流していた。その手のひらをはたきながら、カルパコはゆっくり立ち上がった。

 「危ないところだった。」カルパコの声が震えていた。

 「よかった。」エミーはそう言って、ハンカチを取り出し、カルパコの手の血を拭った。倒れたとき、地面で擦りむいたようだった。

 「たいした怪我でなくてよかったわ。ほんとに気を付けてよ。」

 エミーは安心してから、小言をいった。

  「とっさに身を引いたからね、間一髪だった。」そう言って、カルパコは馬車が通った街路に釘付けになった。

  カルパコの視線に誘われて、エミーもエグマもダルカンも、その方向を見た。四人は無言で顔を見合わせた。

 ジルにもらった黄色いお守りが、車輪に踏み付けられて轍に落ちていた。カルパコは言葉を失って、そのお守りを拾い上げ、泥を払った。お守りは車輪に押し潰されて小石がめり込み、ぷつぷつと穴が空いていた。

 

 

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