エミーはバックルパーの仕事場にいた。仕事場にはヒノキの香りが立ち込めていた。樽を作るための、ヒノキの曲げものが何枚も棚に積み上げられていた。バックルパーは仕入れたばかりのヒノキの板を何枚も壁に立て掛けているところだった。
「おい、いい所に来た。ちょいと手伝ってくれないか。これを運ぶんだ。」
「ええっ、悪い所に来てしまったわ。」そうぶつぶついいながらも、エミーはヒノキの板を持ち上げた。
バックルパーは軽々、しかも一度に 五枚重ねで持ち上げて肩に担いで運んで行くのに、エミーは一枚が精一杯で、担いだ板はシーソーのようにエミーの肩の上で揺れた。
板はエミーの肩幅よりも広く、エミーの背丈の二倍以上はあった。ふうふういいながら、三往復もすると、エミーは作業台の椅子に腰を下ろしてしまった。
「何だ、もう終わりか。」
「バックにはかなわないわ。」
「うまいこと言いやがって。何か用なのか。」
「用なんてないわ。」
「あら、エミーもいたの。」
後ろからヅウワンの声がした。
「あなた、少し休みませんか。タムを入れましたから。」
「おっ、済まないな。」バックルパーは汗をふきながら作業台の方に来た。
「エミーのお陰で早く片付いたよ。」
「あらそう、エミーも偉くなったね。待って、今あなたの分も持って来るわ。」
ヅウワンはそう言って引き下がり、すぐに二人分のタムとお菓子を持って来た。
「こんな所で家族がおやつを食べるなんて、初めてじゃないか。」
「そうかしら。」
「そうだよ。」エミーが言った。
「ところでエミー、お前最近この国の歴史を調べているんだって。ユングから聞いた。四人組で、図書館に行ったりしているんだって?」
「うん、ちょっとね。」
「あまりばかなことはしないでよ。」
「分かってるよ。」
「子供達だけで四丁目に行ったそうじゃないの。」
「パルマというおばあさんの話を聞きに行ってたのよ。昔話だったけど、すごかったわ。」
「まあ、しっかり者の四人組だから心配はしないが、そういう時は前もって母さんに言っておくんだぞ。」
「分かりました。」エミーはうんざりしたように返事をした。
ヅウワンは何も言わないで、エミーを見て、そしてほほ笑んだ。エミーはバックルパーとは対称的な、ヅウワンの優しさが時々息苦しく思うことがあった。そんなときは、わざと気をそらすような話をして、その優しさを避けるようにした。
「今日、ユングおじさんの所に行くの。図書館に置いている古い本を見せてくれるんだって。何か用事があったら伝えておくわ。」
「そうだな、おいしい酒が入ったから今夜飲みに来てくれと言っといてもらおうか。それより、あまり迷惑をかけるんじゃないぞ。」
「分かってますって。」
そう言い放って、エミーはバックルパーの仕事場を飛び出した。バックルパーにパルマの事を話してお守りのことを聞いてみようと思っていたのに、エミーは結局何も話せずじまいだった。まあそれはユングに聞けばいい。
四人は、セブ王の噴水の前で待ち合わせをした。噴水は相変わらず水を滝のように落としていた。一体この噴水にどんな秘密が隠されているのだろう。エミーは少し恐ろしい気がした。カルパコの事故、あれは本当に偶然だったのだろうか。何か知らないうちに大変な事に巻き込まれているのではないだろうか。逃げられないような大きな力が糸を引いているのではなかろうか。
よしましょう、弱気になっているわ。エミーは自分に言い聞かせた。それにしてもこの噴水が二つもあったと、パルマは言った。そうだとしたらもう一つはどこにあるのだろう。
トンと、誰かに肩をたたかれた。エミーは一瞬、胸に氷を突き刺されたような驚きを覚えた。
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