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第 三 部  三、市街戦 (ゲッペル対ゲッペル)

2014-12-19 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

ゲッペル対ゲッペル

 

  『黄色いふだ』のアジトを出て、バックルパー達はユングのアパートに招かれた。そこで一夜を明かすことになったのだ。

 黄泉の国に来て初めての夜だった。『黄色いふだ』の戦士達とともに、夜が明ければ作戦を開始することになっていた。

  作戦会議で赤い玉を奪うためにいくつかの方法が検討されたが、結局セブズーの広場に結集している警備兵を郊外に引き付け、手薄になった所で噴水の赤い玉をとるしかないという結論になったのだ。

 「あの厳重な警備を見れば、すでに将軍の方はこちらが赤い玉をとろうとしている事を知っていると見なければならない。」

 そう言って、ゲッペルは簡単な作戦では必ず失敗すると力説した。作戦を成功させるためには最初から総力で行動するしかない。長い議論のすえ、ようやくゲッペルの作戦が採用されることになったのだ。

 戦士を総動員して、最初で最後の決戦を挑む覚悟で戦おう。『黄色いふだ』の作戦会議は全員一致でそう決議した。

 明日、頃合いを見てゲッペルが合図を送る。すると『黄色いふだ』が一斉に動き出すことになっていた。

 まず半数の戦士が中央通りの路地に分散して待機する。残りの半数が隊を組んで広場の噴水めがけて攻め込むのだ。すると敵は必ず、周辺の路地から広場に結集して来て、部隊を取り囲もうとするだろう。広場に結集している警備隊を十分に引き付けてから部隊は中央通りに向かって退却する。ゲッペル将軍は必ず、部隊の退路を断とうと中央通りに兵を動かすだろう。このとき、通りに伏せた戦士が一斉に蜂起して逆に挟み撃ちにして中央通りの兵を打ち、そのまま退却する。敵の勢いに負けて逃げていると思わせて、警備隊を広場から遠ざけ、郊外に導く。その間に、バックルパーの隊が噴水に残った兵を撃退して赤い玉を奪う。これがゲッペルの考え出した作戦だった。

  『黄色いふだ』のリーダー達は分散して、一晩で総員に戦いの指令を発した。戦いの前の静かな夜だった。

  ゲッペルはなかなか眠れなかった。明日の戦いが何度も頭をよぎって興奮していることもあったが、何か意識の外で、ゲッペルを呼ぶ声が聞こえるような気がして仕方がなかったのだ。

  「気のせいか。」ゲッペルは独り言をいった。

 「どうした、眠れないのか。」バックルパーが話しかけた。

 「なに、たいしたことではない。もう眠ろう。明日がある。」

 「その方がいい。」バックルパーはそう言って目を閉じた。

 ゲッペルは眠ろうとして目を閉じたが、頭の中の騒がしい思いが静まってくるにつれて、ゲッペルを呼ぶ不思議な心の声が次第にはっきりと聞こえてくるのだった。

 「何だろう。」

 ゲッペルは起き上がって、部屋の外に出た。実際に声が聞こえているのではない。しかし心にははっきりとゲッペルを呼ぶ声が聞こえるのだ。どこから聞こえるのか分からないが、その声に応じて体が勝手に動いて行くようだった。

 いつの間にかゲッペルは暗い路地に出ていた。ゲッペルを呼ぶ声が次第に大きくなっていた。やがて心の中に響いてくる声でありながら、その声がどこから聞こえるかはっきり分かるようになっていた。ゲッペルは腰の剣を握り締めた。そして声の方向に忍び寄って行った。路地から大通りに出て、町外れにやって来た。家の尽きた並木通りに差しかかったとき、不意に黒い影がゲッペルの前に現れた。

 「会いたかったぞ。」

 低い乾いた声でその黒い影が話しかけた。

 「何奴、私を呼んだのはお前か。」ゲッペルは剣のつかを握って身構えた。

 「いかにも、わしが分かるか、ジークフリート。」

  黒い影はゲッペルのファーストネームを呼んだ。黒いローブがパラリと落ちた。白い骨が闇に浮かび上がった。その骸骨の胸にはたくさんの勲章がぶら下がっていた。

 「もしや、」

 「長い間、わしはお前を待っておった。わしの後を継ぐ力をもつ我が子孫の現れるのをな。待ち侘びておったぞジークフリート。」

 「あなたはゲッペル将軍。」

  「そうじゃ、」

 「悪魔に心を売ったという噂は本当だったのですか。」

 「ジークフリートよ、この世に善悪などない。あるのは力じゃ。力はすべてのものを思い通りに動かすことが出来るのじゃ。わしは強い力を手に入れようとしたのだ。力こそ正義なのじゃ。」

 「私はそうは思いません。」

 「真実は深い。よく考えてみるがよい。すべてはその深いところで力とつながっているのが分かるじゃろう。常に強いものが勝つのじゃ。」

 「愛のないところに力がどれだけあっても、空しいだけです。」

 「青臭いの。しかしお前は我が子孫から出た初めての実力者じゃ。わしの下でさらに力を磨けばその青臭さも消え果てよう。わしの下に来い、ジークフリートよ。」

 「いやだと断ればどうします。」

 「お前にそんな選択枝はない。受け入れるか、死か、いずれかだ。迷う必要は無い。わしの下に来るのだ。そうすれば、我々は世界を征服する力をもつことができるだろう。帝王になりたくはないか。」

 「そのようなものに興味はありませぬ。」

  「ばかな奴だ。では死ぬしか無いぞ。」

  「死にも致しませぬ。将軍、目を覚まして下さい。世界征服など馬鹿げています。愛すれば自身が世界そのものになれるのですよ。あなたは大変な間違いを犯しているのです。それに気づいて下さい。」

 「わしに説教をするというのか。」

 「世界と対立する道は間違っています。」

  「強がりもそれまでじゃ。これを見るがよい。」

 ゲッペル将軍がそう言うと、木立の影から一人の若い男が現れた。

  「カルパコ、お前どうしてここに。」

 「フアッフアッフアッ、この男は正しい選択をしたのじゃ。」

 「何、悪魔の手先に成り下がったというのか。」

 「ジークフリートよ、この男の働きで、王子とその仲間は皆地下牢に閉じ込めた。よもや生きては出られぬじゃろう。王子はそのまま儀式にかけられて始祖王の貢ぎ物となる。お前が守るべき者はもはや誰もおらぬ。」

 「カルパコ、貴様、」宰相ゲッペルはカルパコをにらみつけた。

 「ギギギギ、」カルパコは奇妙な音を発するだけで、何も答えなかった。

  「考え直すのじゃ、ジークフリート。」

  「何度言われても同じだ。」

 「もう一度聞く。我らの仲間にならぬか。お前を殺すのは惜しい。心して答えよ。」

  「答えはノーだ。」

 「これ以上の話し合いは無用じゃな。」

 ゲッペル将軍はそう言うと、ステッキを持った白い骸骨の手を挙げた。すると黒い影が並木の梢から音も無く、宰相ゲッペルの背後に降り立った。

 「死んでもらおう。」

 将軍はそう言ってステッキを構えた。宰相は半身になって身構えた。右手に将軍とカルパコ、左手に黒い影がじわりと間合いを詰めてきた。宰相はゆっくりと腰の剣を抜いた。黒い影はナイフを構えて跳躍した。ギギギ、樹の枝の反動を使って黒い影は素早く空から宰相に襲い掛かった。そのスピードに押されて、宰相は突き出されたナイフの切っ先を辛うじて剣で払ったものの、バランスを失って腰を泳がした。そこに将軍のステッキが振り下ろされた。宰相はそのまま地面に倒れて、転がりながら将軍の攻撃をかわした。素早く起き上がった宰相の両脇から黒い影とカルパコのナイフの切っ先が襲い掛かって来た。とっさに宰相はカルパコのナイフを剣で払った。その瞬間、がら空きになった宰相の背中めがけて黒い影が躍りかかった。大きく手を振り上げてナイフを突き立てようとした。

 そのとき暗闇から石つぶてが飛んできた。そしてその石が黒い影の手に握られたナイフを弾き飛ばしたのだ。

 「ちいっ、」

 黒い影が手を押さえて膝をついた。その影に向かって宰相の剣が横に走った。とっさに黒い影は上に飛んだが、宰相の剣は黒い影の足を深く切り裂いた。

 「グエッ、」黒い影はそのまま樹の枝に飛び上がり、梢に姿を消した。

 「何者じゃ!」ゲッペル将軍が叫んだ。

  そこにバックルパーが現れた。手にだらりと下げた紐を持っていた。紐の先には石が縛り付けられていた。

  「ゲッペル、また会ったな。俺が相手だ。」バックルパーはそう言うと、石のついた紐を鎖釜のように頭の上で回し始めた。

  「探したぞ、バックルパー、」

 ゲッペル将軍はステッキを構えて身構えた。その横に、将軍を守るようにして、カルパコがナイフを構えた。

  「カルパコ、お前、何をしているのだ。」バックルパーが恫喝した。

  「ギギギ、」カルパコの視線が地面を這った。

  「良いことを教えてやろう。エミーは捕らえた、バックルパー。エミーの命を助けたければ我らの仲間になることだ。どうじゃ。」

  「ばかな、」

 「フアッフアッフアッ、」

 「カルパコに何をした。」

 「この男はわしのしもべよ。」

 「カルパコ、俺達と帰るんだ。」

 バックルパーは紐の回転を止めた。その隙を見計らって、カルパコがバックルパーに襲い掛かった。バックルパーは首を横にそらしてナイフをかわしカルパコの体を後ろに投げ飛ばした。

 「ギギギッギ」カルパコは空中で一回転して地面を蹴ったかと思うと後ろの高い樹の枝に飛び移り、そのまま姿を消した。

 「ギギギギ」カルパコの悲しげな声だけが残された。

 「カルパコ、逃げるな!戻れ、戦うのじゃ。」将軍が虚空に向かって叫んだ。

 カルパコは闇に消えたまま、戻ってこなかった。その時頭上の枝が揺れ、真っ直ぐに黒い影が落ちてきた。

 「ギギギ、」

 宰相に切り裂かれた太股が無惨に口を広げ、おびただしい血が流れていた。頭から落ちた黒い影は身体をけいれんさせると、そのまま動かなくなった。

 「くそっ、覚えているんだな。」

 ゲッペル将軍はステッキを振り上げて天に輪を描いた。すると地面から黒いローブが生き物のように動いて将軍の体にまとわり付いた。次の瞬間、ゲッペルの姿は闇の中に消えていた。

 宰相とバックルパーはしばらく闇の方に意識を集中していたが、やがて相手が完全に去ったのを知ると、大きく息を吐き出した。

 「大丈夫か。」バックルパーが訊いた。

 「なに、たいしたことはない。」ゲッペルは剣に付いた血を拭って鞘に収めながら言った。

 「間に合ってよかったよ。」

 「しかしどうしてここが分かったのだ。」

 「夜中に抜け出したから、後をつけたまでさ。」

 「信用が無いのだな。」

 「実はパルガに導かれたのだ。」

 「そうか、何にしても礼を言わねばなるまい。借りが一つ出来た。」

 「とにかく帰ろうか。」

 「そうしよう。」

  バックルパーとゲッペルは夜の道を歩き始めた。

   並木道には横たわった黒い影が一つ残された。哀れな猿の死体だった。

 

 

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