(18)
ストレンジ王メイソンは白髪の老人でした。かりそめの王座に座った王は、苦渋に満ちた顔をしていました。憔悴した姿は今にも崩れ落ちそうに見えるのです。
無理にベッドから身を起してきたのでしょう。傍らには心配そうにたたずむ后の姿がありました。
「ストレンジの王、メイソンよ、どうかベッドに身を横たえて、御身を御自愛下され。私がそちらに参りましょうぞ。」
「王様、バリオンの王様から御慈悲のお言葉を頂きましたよ。」
「ならぬ。お前は奥に控えているのじゃ。」
メイソンは胸を張って、バリオン王とその随員に目を向けました。
「バリオン様、よくぞこのようなところにお越しいただけました。見苦しいところをお見せ申して面目もございませぬ。衰弱ゆえ声もままなりませぬ。どうか近こうお寄りくだされ。」
バリオンの王様は、厳かに一礼して王座に対面して置かれた座椅子に坐りました。随行のものはその後ろに敷かれた絨毯に腰を落としたのです。
「ストレンジの反乱を鎮圧するために援軍を連れて参った。王よ、よく御無事でおられた。」
「ありがたいお言葉、身に沁みまする。」
「ご安心召されよ。バリオンは全面的に王軍をご支援いたす。」
「重ね重ね、ありがたき幸せにござる。」
「当然のことだメイソン王よ。共に戦いましょうぞ。囚われの身となった姫君の救出には、この者たちが役に立つはず。さっそく詳しい話をお聞かせいただきたい。」
バリオンの王様は振り返ってスケール号の面々を紹介しました。メイソン王がうなずき右手を上げました。すると若者が緊張して歩み寄り王座の横にひざまずいたのです。
「この者はエルと申す、若いが我が衛兵のつわものじゃ。この者が詳しい故、お聞き下され。」
エルの軍服は所々擦り切れ、切り裂かれた跡も見え隠れしています。激しい戦禍を潜り抜けて来たのでしょう。王に一礼してストレンジの王様に向き直りました。そして戦況を説明しはじめたのです。
まだ半年にもならぬある日、兵員が武装解除してくつろぐ兵舎に、王軍の重装した兵の一団が広場に整列しました。突然ラッパを吹き鳴らし、休息中の兵員を広場に呼び集めたのです。その性急さは軍服を着るいとまもないほどでした。何事が起こったのか、何かの訓練なのか分からないまま、全兵員が正装した軍の前に整列させられたのです。皆には、見知った兵の隊列でしたが、その中央に見たことも無い不気味な黒ずくめのネズミがいたのです。
「我々は王の悪政を正すために立ち上がった義勇軍だチュ。悪政に苦しむ民を救うためにストレンジ王を倒すのだチュウ。」ネズミが声高に叫ぶと、整列した軍が一斉にときの声を上げました。
「よく聴くがいいだチュ。義勇軍に加わるものは後ろに下がって一列に並ぶだチュ。加わる意思のないものは反逆者と見做し、この場で射殺するチュウのだ。」
直後に武装兵が一斉に矢を向けたのです。ほぼ半数が後ろに下がりました。すると戸惑った仲間は全員敵の輪の中に取り残されたのです。無慈悲に一刻の猶予も無く矢が放たれ、ほとんどが射殺されました。幸い逃げ延びたものは数えるほどでした。各兵舎で、それはほぼ同時に起こったのです。瞬く間に王軍は反乱軍の手に堕ちました。反乱軍は雪崩のように王宮に迫りました。衛兵はよく戦いましたが、反乱軍はその何十倍もいたのです。姫様が王様を説得して抜け道を通り王宮の外に避難することになりました。ところが姫様は、王様が無事逃げ出すのを確認するとご自分は抜け道を引き返して行かれたのです。何度か爆発音が聞えました。抜け道は完全に埋まってしまったのです。姫様は抜け道の痕跡を消したのだと思います。一人王宮に戻り、反乱軍と戦いましたが、ついに捕えられてしまったのです。
その時私は連れさられる姫様を目撃しました。しかし助けることができなかったのです。その時私を見て姫様が叫びました。
「緑の穴だ。王様を、、」言い終わらぬうちに打ち据えられ、引きずられて行ってしまわれたのです。それから私は命からがら脱出できたのです。緑の穴というのは、姫様と衛兵が密かに設営した有事の隠れ城でした。そのおかげで私は王様の下にたどり着くことが出来ました。
エルの話しは無駄なく整然としていました。
「姫君は無事なのか。」
「王宮の所々に、姫様のメッセージがさりげなく残されています。それを辿っても、残念ながらたどり着けませんでしたが、しかし姫様は捕えられても諦めず、戦う姿勢を我々に示してくれているのです。地下牢など探しましたが、今だお姿を見ることが出来ません。警戒が厳しく、角ごとに警備の兵が立っていて自由に動けないのですが・・・しかし姫様が簡単に落されることはありません。必ず姫様を救出してみせます。」
「それを聴いて安心いたした。」
バリオンの王様がそう言って話を引き受け、スケール号を紹介しました。そして姫君を救出するための、信じがたい能力を話し始めまたのです。
「この猫が自由に大きさを変えられる宇宙船だというのですか。」
エルが黄金の猫を見て言いました。ストレンジの王もエルも、とんでもない戯言としか思えませんでした。
「いかにも。スケール号という。これに乗ると、ネズミにもハエにもなれるのだ。塵芥になって壁も自在に通り抜けることが出来る。スケール号なら王宮をくまなく捜索出来る。誰にも気付かれずにの。」
「何の冗談じゃ。この期に及んでワシを惑わしに参られたのか。それとも魔術か。」
王は弱った体を持ち上げ、腰の短剣に手をやりました。エルも腰を落として身構えたのです。すかさず博士がバリオン王の前に出て行きました。
「王様、嘘ではございません。どうか信じて頂きたいのです。これをご覧ください。」
そう言って博士はスケール号に目配せをしました。スケール号にしたらいつものアトラクションです。穴倉の中で天井いっぱいになったと思うと猫に戻り、ネズミになりました。ハエになると飛び立ちストレンジ王の手の甲にとまりました。よく見るとそれは小さなスケール号なのです。スケール号はそのまま飛び立ちエルの顔のまわりを飛ぶと鼻頭に立ちました。腰をひた拍子にエルはしりもちをついてしまいました。もこりんやぐうすかはつい笑ってしまいます。うっキャーうっキャーと、艦長まで揺りかごの中で足をバタバタさせています。博士がエルに手を差し伸べ助け起こしながら言いました。
「分かって頂けましたか。この船に我々は乗ることができます。エル殿、多勢はいりません。あなた様が一緒にこのスケール号に乗って頂ければ、いいのです。スケール号の中であなた様の智慧が必要なのです。必ず共に力を合わせ姫君をお救いたしましょう。」
「エルよ、この黄金の猫は我らのいちるの望みじゃ。わしはその望にかけてみたい。行ってくれるか。」
「王様、是非もありません。」
エルはメイソン王にひざまづいて答礼しました。
「しかし王様、ここは危険なのです。この場所は衛兵しか知りませんが、しかし衛兵の何名かは捕えられております。あの黒ネズミにかかったら、この場所が知れてしまうのは時間の問題かも知れません。至急場所をうつさねばなりません。」
「その件なら心配いらぬぞ、エル殿。メイソン王よ、我が軍がこの上空に待機しておる。この山城を守るために援軍を差し向けたいのだが、いかがかな。」
「おお、それは心強いことじゃ。ならばエルよ、何の心配もない。一刻も早くフェルミンを救い出しておくれ。一人犠牲になって我らを助けてくれたあれを見殺しには出来ぬ。エルよ、一刻も早く。猶予はないのじゃ。」
メイソン王の目に涙が溜まっていました。
「この命にかけて。」エルは思わず王の前で両の手を握りしめました。
「歓迎いたすぞ。エル殿。」
バリオンの王様が手を差し出しました。エルは手のひらを服にこすり付けてから、拝命するように王様の手を握ったのです。
エルの鼻頭から飛び立ったスケール号はいつの間にか洞窟いっぱいになってうずくまり、愛嬌のある顔を地面につけていました。額の入り口が開くと階段が降りてきました。エルはバリオン王と共にスケール号に乗り込んでいったのです。
一刻の猶予もありません。スケール号はそのまま闇に消えました。
その翌日には宇宙に留まるバリオン艦隊からタウ将軍が命令を下し、五艘の軍船が森に降り立ち、ストレンジ王軍の立てこもる山城の守りとなったのです。
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