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のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

第 二 部  六、 新月の夜  (歌の力 )

2014-12-03 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

歌の力

 

 夜遅く、バックルパーとエミーが帰って来た。興奮した一日だった。二人はテーブルの前に座ると、ほっとため息をついた。

 「タムを入れるわ。」エミーは台所に立った。

 「ありがたい。今日は疲れたよ。」バックルパーは自分の首筋をたたきながら言った。

 「何か食べる?」

 「いや、タムだけで十分だ。」

 「そう。」

 エミーは暖かい緑色の液体をカップに入れてやって来た。バックルパーは深く息を吸い込みそしてタムを口に入れた。苦みのある深い味わいが口の中に広がった。

 「ヅウワンがよく入れてくれたが、エミーもうまくなった。」

 「ありがとう。少しこつが分かったの。」

 「城に行く決心はついたか。」

 「ええ、ちょっと怖いけど、でも何とかやれるって、パルマの話を聞いていて思えるようになったわ。」

 「それはよかった。」

 「バック、これからどうなるのかしら。」

 「分からない。だが愛せよとは驚いた。」

 「でも、私は納得出来たわ。こんな戦い方もあるんだなって。」

  「そうだな。きっとそうなんだろう。俺は少々乱暴すぎるからな。」

  「バックはそれでいいのよ。」

 「ふむ。」バックルパーは曖昧な返事をしてタムを飲んだ。

 「バック、もう寝るわ。」

 「そうだな。お休み。」

 エミーはそのまま二階に上がって行った。バックルパーはカップの底に残った緑色の液体をぼんやり眺めていた。何を考えているのか自分でも分からないような、漠とした思いの中で、バックルパーは自分の鼓動を感じていた。そのとき、エミーの部屋から悲鳴が聞こえた。バックルパーは弾かれたように立ち上がり、そして二階に駆け上がった。

 「どうしたエミー!」

 バックルパーはドアを、体当たりするようにして押し開けた。部屋の中央に黒い影が立っていた。エミーは部屋の隅にへばり付いておびえていた。バックルパーが部屋に飛び込むと同時に黒い影が飛び掛かって来た。ナイフが廊下の灯りを反射して光った。バックルパーはとっさに自分の首をひねった、その首をかすめてナイフを突きつけて来た腕が伸びた。バックルパーはとっさにその腕を取って思い切り後ろに投げ飛ばした。黒い影はくるりと反転して壁を両足で蹴った。その反動を利用して黒い影はナイフを突き出したままバックルパーに襲い掛かった。ナイフがバックルパーの体に届く瞬間、バックルパーは振り返り、身を反転して手刀を振り下ろした。黒い影からナイフが弾けとんだ。ナイフはくるくる床の上を回って滑り、壁に跳ね返って止まった。

 「何者だ!」

 バックルパーは身構えたまま叫んだ。侵入者は顔も体も全身黒ずくめだった。その黒い影がじりじりと後ろに下がって身構えた。間合いを見て黒い影は素早く動き、バックルパーを擦り抜けた。そしてエミーの首に手をかけようとした。

 「畜生!」黒い影が叫んだ。

 バックルパーは後ろから黒い影の背中をつかみ、思い切り脇腹に膝蹴りを見舞った。

 「ぐえっ」黒い影がその場で床に崩れ落ちた。

 「一体何者だ。」

 バックルパーは倒れた影の胸倉をつかみ、顔につけている黒い布をはぎ取った。そこに女の顔が表れた。

 「女!」

 「こ、殺せ、殺せ、」女は取り乱したように叫び続けた。

 「殺せ、死んで魔物になってお前を絞め殺してやる。」女はエミーをにらみつけて言葉を吐き捨てた。

  「何だ、こいつは。」バックルパーは事態が理解出来ずに、次の行動を起こせないまま女を押さえ付けていた。

  「ミネルバ、」エミーは意外な顔をして女を見た。

  「知っているのか、この女を。」

 「覚えていないバック、ミネルバよ。図書館の司書、ユングと同じ司書室で働いていたでしょう。」

 「何、そういえば見覚えがある。」

 「ユングのお葬式にも来てくれたのよ。図書館から一人だけ、来てくれたの。」

 「そうだった。俺はあんたに、どうして図書館の連中は来ないのかと訊いた。あんたは申し訳なさそうに目を伏せたのを覚えている。そのあんたがなぜ。」

 バックルパーの手が緩んだすきに、ミネルバはバックルパーを振り切ってエミーに躍りかかった。

 「憎い、憎い、殺してやる。」ミネルバは叫びながらエミーを押し倒した。

 「やめるんだ!」バックルパーはミネルバを羽交い締めにしてエミーから引き離した。

 「放せ!放せ!畜生!」

 「いい加減にしろ、」バックルパーはこぶしを振り上げた。

 「やめてバック!」エミーが叫んだ。バックルパーの拳が中空で止まった。

 「どうしたんだエミー。」

 「いいから、ミネルバを放してあげて。」

  「こんな奴を放したら何をするか分かったものじゃないぞ。」

  「大丈夫よ。」

 バックルパーは渋々ミネルバをから腕を放した。ミネルバをはその場に崩れ落ちた。

 「畜生!畜生!」ミネルバは悪態をつきながら、両手を床について自分の体を支えた。

 「ミネルバ、聞いてちょうだい。これはユングが好きな歌だったの。」

 エミーはそう言って、ゆっくりとうたい始めた。緊張の為に最初は震えていた声が、次第に落ち着きを取り戻し、いつしか夜の静けさを優しく揺り動かすような流れを作り出していた。ミネルバの行き場のない感情に柔らかな歌のリズムが侵入して来た。

 ユングが好きだった歌。激しい太陽の光が去った後に星空が見えるように、ミネルバの心に優しい本来の心根が姿を現した。

 ミネルバは両肩に頭を埋めて、吹き上がってくる置き場のない怒りをエミーの歌と共に吐き出した。すると止めようもない涙が後から後から沸き上がって来た。怒りが幾度となく押し寄せて来たが、それらは身体の中に止まることなく涙と共に外に押し流されるようだった。

 

 ふるさとを捨てた小鳥は今

 海を渡る

 あなたの愛だけを持って

 羽根を休める小枝一つない海原に

 それでも小鳥は旅に出る

 海の向こうにきっとある

 忘れてしまった私の愛に

 疲れ果てた小鳥が一人

 震える羽根を休めるでしょう

 震える声で鳴くでしょう

 

  エミーは精一杯ミネルバに思いを馳せた。ユングの葬儀の後、草むらの上で語ったミネルバの言葉を思い出しながら、エミーはそのミネルバの言葉を抱き締めるようにして歌った。ユングが好きだった。振り向いてくれない愛を持ち続けたミネルバがいとおしくてたまらなかった。

 歌が進むにつれ、エミーの心は自然に歌のリズムに乗るようになった。その心地よい振動と言葉が、ミネルバのもみくちゃにされた心を耕していった。荒れ果てた大地に優しい雨が注ぐように、ミネルバの涙は、少しずつミネルバ自身の心を癒し始めた。

 ミネルバは長い間、泣き伏せていた。エミーはそんなミネルバを抱き起こし、ベッドの上に座らせた。

 「好きなだけ泣くといいわ。涙は心を潤してくれるの。今日はこのベッドで眠るのよミネルバ。」

 「ごめんなさい。私、」

 「いいのミネルバ、喋らなくてもいいのよ。分かってるわ。もう済んだのよ。」

 「おお、エミー。」

 「ミネルバ、」

 ミネルバとエミーはベッドの上で抱き合った。

 「さあ、もうお休みなさい。」

 「ありがとうエミー。」

 「私はバックの部屋で寝るから、ゆっくりしてちょうだい。」

 「本当にありがとう。」

 ミネルバの心は、乗せられていた石うすが取り除かれたように軽く安らかになった。一体何がどうなったのか、自分でも分からなかった。ユングへの思いが、いつの間にか自分で押さえられないような激しい感情になった。気がついたら汚い言葉でわめき散らし、ナイフを持ち出した。そして窓からエミーの部屋に進入した。あれは本当に私のしたことだったのだろうか。夢ではないのか。ミネルバをは混乱する頭を静めるように目を閉じた。

 エミーは部屋の灯りを消し、バックルパーと共に部屋を出た。二人はバックルパーの部屋に入り、エミーはヅウワンが使っていたベッドに潜り込んだ。

 「エミー、見事だったよ。」バックルパーが声をかけた。

 「ありがとう。必死で、何がなんだか分からなかったけど。」

 「今日はエミーに教えられたよ。」

  「何を?」

 「愛とは素晴らしい武器だってことさ。」

 「武器かしら。」

 「ちょっと違うかもしれないが、歌がこんなに人の心を変えるものだとは、改めて驚いたよ。」

 「・・・・」

 「エミー、」

 「ん、」エミーは半分眠りかかっていた。

 「城に行くまでに、出来るだけたくさんサンロットから歌を教えてもらうといい。」 

 「うん、」

 「お前は王を救うかもしれない。」

 「うん、」

  「エミー、寝たのか。」

 「・・・・」

 エミーはベッドに横になると、吸い込まれるように眠りに落ちた。バックルパーはエミーに毛布を掛け、自分もベッドに横になった。やがてバックルパーのいびきが部屋に響き始めた。

 

 

 

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