のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

ジイジと北斗25(新スケール号の冒険)

2021-05-14 | 物語 のしてんてんのうた

(25)

カキーン、カキーン、カキーン

剣の打ち合う音がくすんで汚された迎賓の間に響いています。一人は頭巾を肩に垂らした黒ずくめの男で、もう一人は衛兵の軍服を着た男でした。黒ずくめの男は流れるように剣を使い、あたかも鳥が舞うように見えました。一方軍服の男はまっすぐ敵の急所を突いていく剣なのです。柔と剛、二人を眺めれば虎と燕が戯れているようにも見えるのです。

エルとダニール、二人はともに親衛隊の同期で、良きライバルでした。共に山野を駆け巡り腕を磨きました。戦い方は対照的でした。ダニールは、風と地を知り、機を見て剣の動きに逆らわない剣法を編み出し、エルは目前の敵を一気に断ち切る気力を鍛えました。二人はすべての面で拮抗した力を持っていたのです。

二人の間でたった一つ違ったものがありました。それはエルが親衛隊長の息子だということでした。そこにダニールがいつも二番手に甘んじている原因があったのです。エルが父を病で亡くしたとき、ダニールは最後の一撃で手を抜いて勝を譲ってしまいました。それ以来、エルに集まる人望も若頭という地位にも、ダニールは無意識のうちに己を押さえて受け入れる癖が着いたのかもしれません。しかしその無意識のところには、最後まで打ち合えば必ず勝つというふつふつとした思いもあったのです。

一方フェルミンは幼馴染のエルに連れられて親衛隊に出入りするようになりました。そこに不思議な事が起こったのです。フェルミンがいるだけで、男たちは普段の何倍も働くようになったのです。エルとダニールの剣の修行も実はそこに原動力があったのかもしれません。その力がストレンジ王宮の秘密通路と隠れ城をつくり上げたのでしょう。それはエルを頭にした若い親衛隊のシンボルとなったのでした。

ところがある時ダニールは自分の気持に気づいてしまったのでした。それはフェルミンとエルが交わす何気ない言葉としぐさを見たときです。その二人の「近さ」を意識した時、ダニールは、自分ではどうにもならない気持ちが勝手に渦巻いていくのを感じたのでした。そのたびに痛む胸は二番手という嫉妬とは違う耐えがたいものだったのです。

その「近さ」を一体どうすることができたでしょう。ダニールはチュウスケの魔法とはいえ、自分の心を開放する快感を覚えました。「近さ」でさえ魔法は役に立つ。そう思えたのです。

ところが力で引き寄せたとたん、あろうことかダニール自身の剣で、フェルミンは己の身を刺したのです。

 

エルは果敢に剣を繰り出してきます。いつもの訓練と違って、エルの剣は一線を越えた踏み込みで迫ってくるのです。己を捨てたものにしかできない間合いにダニールは次第に追い詰められていきました。ひらりとかわしたダニールの浮いた足にエルの剣が追いついたのです。

ダニールは膝を薙ぎ払われ、床に転がりました。二人の乱舞が一瞬で終わったのです。ダニールは顔をゆがめたまま動きません。

ところがエルが剣を下てダニールに近づいた一瞬でした。ダニールが跳ね起きエルの腹を突いたのです。エルが崩れ落ちました。ダニールは片足で立ち、エルに馬乗りになると、とどめを刺そうと剣を振り上げました。

「ダニール、もうやめて!」

ダニールの後ろでフェルミンの悲痛な叫びが聞こえました。

「私を好きにしたらいいでしょう!」

そこまで言うとフェルミンは動物たちの背に寄り掛かるように崩れ落ちました。ダニールはフェルミンの姿を見ると、振り上げた剣を納め、足を引きずりながら部屋を出て行ったのです。

「お願い、エルのところに連れて行って・・」

動物たちは静かにフェルミンの身体を運んでいきました。

「エル、大丈夫?」

「なに、大したことはない。わき腹をやられただけだ。それより姫様の方が心配だ。長い間助けにこれずに済まなかった。」

「私はもうだめかもしれない。エル、私が落ちたら、あなたが私を殺すのよ。」

「馬鹿なことを言わないでくれ、フェルミン。どんなことをしても俺が助ける。」

「もうあなたの手には届かないの。」

「死ぬなんてことを言うな。姫様はこの国を背負って生きるお人だ。簡単に死ぬなんて言うな。」

「エル、お願い。緑の穴の戦いをやめさせて。もう私にはそれが出来ない・・・」

フェルミンはやっと言い終えると、胸を搔きむしり、頭を床に打ち付けるのでした。

「いやぁ!」

フェルミンは髪を振り乱し宙をにらんで叫びました。虚空をつかんで身体を震わせているのです。

「しっかりしろ、フェルミン!・・姫様~!!」

***************

 

少女が大きな黒い龍に巻きとられてもがいています。その龍の胴体が緊張してきしみました。

「いやぁ!」

少女は空に手のひらを向けて叫びました。その空の向こうに黒龍の真っ赤な口が闇を割くように開いて、今にも呑み込もうとしているのです。

***************

 

無数の銀河が輝いている宇宙空間をスケール号は飛び続けていました。北斗艦長は揺りかごでスヤスヤ眠っています。スケール号は自動操縦に切り替えられているのです。もちろんチュウスケの監視は怠りません。今のところ変わった動きはないのです。そのスケール号の前にようやくピンクに輝く銀河が姿を現しました。

「ここ見たことあるダすよ。」

まずぐうすかが言いました。

「そういえばそんな感じがするでヤす。」

「博士、ここですよね!」

「そうだよぴょんた。君には忘れられないところだ。」

「ここにピピちゃんがいたのです。」

スケール号の目前には闇の中にピンクの銀河が窓一杯に広がっていました。空間がピリピリと跳ねるような響きを伝えてきます。スケール号はそのピンクの銀河を遡りながら飛んでいるのです。

「なんとも見事な光景だな。」

バリオンの王様がため息交じりに言いました。

「ここがフェルミンの心の銀河なのです。健康な心はみなこのような色をしているのです。中でもこのような美しい銀河を私も初めて見ました。」

「しかし健康な心とは何なのだ。」

「宇宙の流れそのもののことです。」

「宇宙の流れとは?」

「この空のことです。」

博士は銀河を取り巻いている空間を指さして言いました。

「あの闇のことか。」

「闇からあのような美しい光が生まれているのです、王様。」

ピンクの銀河、その一角に点滅している光が見えます。そう気づいたら、点滅する場所が次々と見つかりました。何かに興奮しているのかもしれません。博士がそんなことを考えていると、突然その点滅が銀河全体に広がるように始まったのです。

「もこりん、艦長にミルクを頼む。そろそろ飲む時間だ。」

「分かったでヤす」

もこりんは嬉しそうにキッチンに走っていきました。すぐに取って返したもこりんの手には人肌に温められたほ乳瓶が握られていました。半透明の容器の中で白いミルクが揺れています。艦長は眠りながら時々口をもごもごしているのです。もこりんはそれを見計らってもごもごしている口に乳頭をそっと差し込んでやるのです。すると艦長はぐんぐんミルクを飲み始めました。

「げっぷを出させるのはわたスの役目ダすよ。」

ぐうすかが走ってきて、ミルクを飲み終えた艦長を抱き上げました。

「お前の爪で艦長を傷つけちゃだめでヤすよ。」

げっぷが出た艦長はついでにおむつも変えてもらって、上機嫌です。

その間にも銀河の点滅が激しくなってくるではありませんか。

「一体これはどうしたことなんだ。」

「銀河がびっくりしているのダすかね。」

「なんだか気分が悪くなりそうでヤす。」

その時突飛なぴょんたの声が響きました。

「博士!あれ、あそこです。あそこにピピちゃんがいたのです。」

ぴょんたの指さす上流にくすんで黒ずんだ場所が見えました。

「北斗艦長、宇宙語がないと言ったね。あれかな。」

博士が北斗艦長を抱っこして、しっかり目を見ながら問いかけました。艦長が見つめ返してきます。まるで吸い込まれるような目に点滅するピンクの銀河が写っているのです。

「わぐわぐ、ほぐわぐ、ほえっほえっ」

艦長は落ち着いた静かな声で、丁寧に話そうとしているのが分かります。

「分かったありがとう艦長。これから忙しくなるぞ。」

博士はそっと艦長を揺りかごに戻すと、皆に戦闘準備の号令をかけました。バリオンの王様は頭の飾り物を外してビーム砲につながっているヘッドギアを付けました。かねての打ち合わせ通りです。

「行くぞ、艦長。」

「キャッキャ、キャッキャ、」

艦長が覚えたての高い声で応じました。

「ゴロにゃーン」

スケール号がスピードを上げて銀河を遡り始めました。

上空から見るピンクの銀河は延々と続いていきます。しかしそのうちに紫色に変色し始め、それは真っ黒なかたまりから浸食されていることが分かるようになってきたのです。

「艦長、チュウスケが動き始めたでヤす。」

もこりんが興奮して報告しました。

「近づいて来ているのか。」

「すごいスピードでヤすよ。このままではスケール号が追いつかれそうでヤす。」

「よし、このまま気づかないふりをしてして進もう。全員気を付けるのだぞ。」

「奴の槍に気を付けるのだ。今度は金色ではないぞ。本物がやってくる。」

王様が念を押して言いました。

「ラジャー!」

 

皆の緊張が一気に高まりました。

「いやぁ!」

その時悲鳴のような声がスケール号に届きました。

目の前にとぐろを巻いた巨大な龍が現れたのです。

「女の子が龍に捕らえられているでヤすよ!」

龍は女の子を巻き取り高々と鎌首を持ちあげているではありませんか。

「このままでは喰われるダす。」

「私が行きます。」

「お前では無理だ、ぴょんた。」

「でもそれじゃ、フェルミンは死んでしまいます。」

「博士、チュウスケが急接近でヤす!」

「あ、あれはなんダすか⁉」

皆がぐうすかの指さす方を見ました。

かまくびを持ち上げた黒龍の頭上に、白い剣士が剣を天にかざして立っているではありませんか。

 

 

 


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