た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 69

2007年01月07日 | 連続物語
 「ひどい雨ですね」
 応えはない。
 「天も弔っているんでしょう」
 「あの失礼ですが、主人とはどのような関わりの方でしょうか」
渡り廊下の軋む音が遣り取りを中断させた。トイレから戻ってきた弔問客である。彼らの方を不審そうに一瞥してから、ガラス障子をトン、と音をさせて閉め、通夜の間に消えた。渡り廊下にはもう誰もいない。美咲の問いは保留されたままである。黒傘の男は目を動かし、誰もこの場を盗み見る者のいないことを今一度確かめた。視線を落として再び嘆息する。しかしそれは、一歩美咲たちに近づきながら、懐に手を入れたのを自然に見せるためであった。
 懐から男が取り出したのは、金の紋章の入った黒革の手帳である。
 世に言う警察手帳である。
 雨に霞む中でそれと察することができたのは、手帳の文字が読めたからというよりはむしろ、男の確信に満ちた威圧的な態度からである。
 「こんなときに不躾にお伺いして申し訳ありません。急ぎお尋ねしたいことがありまして」
 美咲の顔から血の気が引いた。
 声を出したのは大仁田である。「それって何かその、あったんですか」
 「実はお亡くなりになった御主人を検死した医師から報告がありましてね」
 げ、と雨音に紛れて蛙が鳴いた。
 「少し気にかかる結果が出ました。ご主人の頭髪から、大量のアセトアミノフェンが検出されたのです」

(つづく)
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