た・たむ!

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無計画な死をめぐる冒険 70

2007年01月07日 | 連続物語
 アセトアミノフェン。何なのだそれは。私の頭髪からと言う。あのときのヤブ医者め、検死のときに私の頭蓋を指で弾いていたが、あの際髪の毛を一本ちょろまかしたのか。直感で私の死に何か怪しさを感じたに違いない。大した医者である。
 「アセトアミノフェンというのは風邪薬などに含まれる成分です。アルコールと同時に摂取すると、肝臓に障害を起こす恐れがあります。ひどいときには死に至ることもあります」
 どういうことですか、と掠れるような声で、美咲はようやく聞き返した。
 「御主人はお亡くなりになる直前、風邪を引いておられましたか」
 引いていたわけがない。引いていたわけがないぞ。私は昂奮を抑えきれなくなっていた。アセトナミダか何か知らないが、そんなものを服用されない限り、酒ごときで死ぬはずないと思っていたのだ。だが、こやつら女共は、風邪を引いていましたとぬけしゃあしゃあと答えるのだろうか。
 大仁田が戸惑いながら首を傾げた。
 「いやあ・・・ひょっとしたら」
 「いいえ」
 意外なことに、美咲がぴしゃりと大仁田の言葉を遮った。顎を上げ、警部の目を必死で見返す。「風邪は引いておりませんでした」
 さては開き直ったか。
 警部は唇を噛んで頷いた。
 「そうですか。仮に風邪を引いていたとしても、規定量を遥かに超える量が検出されたのは確かです」
 「どういうことでしょう」
 「自殺、もしくは他殺の可能性があります」
 けけけけ、と蛙がまた鳴いた。姿は見えない。一陣の突風が雨音を揺らす。三人は濡れそぼちた庭木と同じように押し黙った。

(つづく)
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