「海の水、やっぱりまだ冷たいかしら」
「降りないのか」
「邦広さん、私のこと飽きた?」
私はしかめ面を彼女に向けた。
「どうしてそんなことを言う」
「だって」
泣きそうな顔で雪音は小指の爪を噛んだ。「だって、今朝からほとんど口を利いてくれないじゃない。なんだか・・・大事な話があるけど言い出せないみたいな感じで」
私は殊更大きく嘆息した。彼女の言っていることはおおよそ正しかったからだ。
「別に何もない。降りないのか」
「邦広さんは」
「降りる」
「じゃあ降りましょうよ」
「待て」
私の声に、ドアノブを握る彼女の手が止まった。私はそのとき、顔を両手で覆っていたはずだ。覆うだけでない。私は自分の顔を握り潰そうとしていた。
「雪音」
返事はない。彼女は静かに私の言葉の続きを待っていた。勘の鈍い女ではない。彼女は覚悟していた。一方の私は逡巡していた。
海鳥が空で鳴いた。
「もう終わりだ」
(つづく)
「降りないのか」
「邦広さん、私のこと飽きた?」
私はしかめ面を彼女に向けた。
「どうしてそんなことを言う」
「だって」
泣きそうな顔で雪音は小指の爪を噛んだ。「だって、今朝からほとんど口を利いてくれないじゃない。なんだか・・・大事な話があるけど言い出せないみたいな感じで」
私は殊更大きく嘆息した。彼女の言っていることはおおよそ正しかったからだ。
「別に何もない。降りないのか」
「邦広さんは」
「降りる」
「じゃあ降りましょうよ」
「待て」
私の声に、ドアノブを握る彼女の手が止まった。私はそのとき、顔を両手で覆っていたはずだ。覆うだけでない。私は自分の顔を握り潰そうとしていた。
「雪音」
返事はない。彼女は静かに私の言葉の続きを待っていた。勘の鈍い女ではない。彼女は覚悟していた。一方の私は逡巡していた。
海鳥が空で鳴いた。
「もう終わりだ」
(つづく)
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