言い終わっても依然、私は助手席に顔を向けることができなかった。予め用意してきたのは「別れよう」という台詞であった。なぜだかそれを口にすることはできなかった。
隣から吐息が聞こえてくる。それから鼻をすする音。私は顔から両手を降ろし、雪音に振り返った。白いTシャツ姿の雪音は下唇を噛んで、静かに泣いていた。
彼女のそういう女々しい面を、私はときに愛し、ときに憎んできた。いや同時に愛し憎んだ、と言うべきか。能登の海を前にしたこの場面でもそうであった。別離の言葉を自ら口にして、なお哀しみがあった。切ない愛しさがあった。その一方で、かの女に対する抑えようのないむらむらとした腹立たしさを覚えていた。この道理抜きの腹立たしさが危険であった。
狭い車内に感情の排気口はない。
雪音は何かを否定するようにゆっくり首を振った。細い肩が嗚咽に上下している。
「仕方ないのよ。仕方ないよね。してはいけないことしてたんだから。いつか終わらなきゃいけなかったんだから。私ずっとそう言って来たでしょ。奥さんにばれたの?」
「いや」
「じゃあ・・・どうして」
「同じことだ」
「同じこと? 何が同じことなの」
(つづく)
隣から吐息が聞こえてくる。それから鼻をすする音。私は顔から両手を降ろし、雪音に振り返った。白いTシャツ姿の雪音は下唇を噛んで、静かに泣いていた。
彼女のそういう女々しい面を、私はときに愛し、ときに憎んできた。いや同時に愛し憎んだ、と言うべきか。能登の海を前にしたこの場面でもそうであった。別離の言葉を自ら口にして、なお哀しみがあった。切ない愛しさがあった。その一方で、かの女に対する抑えようのないむらむらとした腹立たしさを覚えていた。この道理抜きの腹立たしさが危険であった。
狭い車内に感情の排気口はない。
雪音は何かを否定するようにゆっくり首を振った。細い肩が嗚咽に上下している。
「仕方ないのよ。仕方ないよね。してはいけないことしてたんだから。いつか終わらなきゃいけなかったんだから。私ずっとそう言って来たでしょ。奥さんにばれたの?」
「いや」
「じゃあ・・・どうして」
「同じことだ」
「同じこと? 何が同じことなの」
(つづく)
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