2013年3月21日(木)、、平泉文化遺産センター(平泉町平泉字花立44番地)に行きました。北側駐車場の傍にある、雪がすっかり消えた土手にフキノトウ(蕗の薹が花を咲かせていました。
この日、「ふれあいホール」で、「平成24年度平泉町公民館事業」として開催(世界遺産推進室「平泉文化史講座」と共催)された歴史教室(第4回)(13:00~15:00時)に、妻と一緒に参加しました。
この日のテーマは、「平泉が果たしたこと~中世史の視点から~」と題した、中尊寺仏教文化研究所 主任 菅野成寛氏の講話でした。奥州藤原氏時代を中世史の視点からスポットをあてたお話でした。
藤原氏の出自について:「造興福寺記」永承2年(1047)2月21日の条、永承元年の興福寺焼亡に際して、「関白大閤」(藤原頼通・関白)が掌握する「藤氏諸大夫」(五位以上の藤原氏)に再建の奉加を求めた記録に、「藤原)登任朝臣」と「(藤原)時貞・六奥(陸奥)」と「(藤原)経清・六奥(陸奥)」とが記載されており、「陸奥話記」の「大守藤原朝臣登任」と「権守藤原朝臣説貞」と「散位藤原朝臣経清」と一致することから、藤原清衡の父・経清(つねきよ)は、摂関家藤原氏(頼通)の配下にあったということが確認できる。
都市平泉研究の成果:源頼朝に追われ平泉にやって来た源義経を庇護していた秀衡臨終後の1189年4月、頼朝の圧力に屈した四代泰衡は、義経を自害に追い込みました。その直後、鎌倉から大軍を率いて平泉に攻め入って来た頼朝軍によって、奥州藤原氏は滅亡したのです。
その後、建物の多くは徐々に焼失し、庭園は田地に変わったりして、繁栄していた「平泉」の都市構造さえわからなくなっていました。わずかに残された「吾妻鏡」などの史料から、金色堂の正方に平泉館(政庁)、この建物(平泉館)に北接して無量光院、平泉館の西木戸には国衡と隆衡の邸宅、無量光院の東門(正面方向)には伽羅御所(秀衡・泰衡の邸宅)がそれぞれ所在。
都市平泉の南北の境界には、毛越寺と中尊寺が所在。これらをさらに惣社(平泉の中央)、日吉・白山社(東方)、祇園・王子諸社(南方)、北野天神・金峯山(西方)、今熊野・稲荷社(北方)が結界。平泉独自の都市構造を創出した。
平泉研究の基本史料~中尊寺供養願文と吾妻鏡:歴史の教科書でも知られる前九年合戦、そして後三年合戦。1051年、平泉のある岩手県南、県央地域を支配していた安倍氏と朝廷との争いから始まった長い戦いです。のちに奥州藤原氏初代となる清衡(きよひら)も巻き込まれ、骨肉の争いのなかで父や妻子を亡くしました。
この悲しい戦いを経て、11世紀末、平泉に移り住んだ清衡は、敵味方の区別なくすべての霊をなぐさめ、仏国土(仏の教えによる平和な理想社会)を実現するため、1105年に中尊寺の建立に着手します。1124年には金色堂、1126年には主要な堂塔が完成。清衡は大法要を営み、戦争のない理想郷をつくりたいという趣旨の願文を読み上げたと伝えられています。
(上)中尊寺建立供養願文・中尊寺落慶供養願文(重要文化財):天治3年(1126)の中尊寺堂塔伽藍の落慶(建設・修理の完成を祝う催し)の折に初代清衡によって読み上げられた書面といわれているが、原本は残されていない。(上のものは中尊寺蔵の写本で、建立の趣旨を知る第一級史料です)。
「中尊寺供養願文」の仏教思想:「願文」には「法華経」、「無量寿経」、「大日経」の文言が散見(「法華経」’讃仏乗’方便品第二、「諸仏摩頂」嘱累品第二十二、普賢菩薩○発品第二十八。「無量寿経」巻下’安養’。「大日経」巻七’悉地’)し、「願文」の本尊は「法華経」の教主・釈迦像。中尊寺供養願文の基調は、法華経信仰を基盤とし、密教と浄土教の思想を加えたもの(顕密仏教の思想)。
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フキ(蕗)/フキノトウ(蕗の薹) キク科 フキ属 Petasites japonicus
山野に生える多年草。淡緑色の苞に包まれた蕾(花芽)がフキノトウ(蕗の薹)で、雌雄別株。ほろ苦い早春の味として人気がある。strong>花期は3~5月。雌株は白色の頭花を、雄株は白黄緑色の花を密に散房状に付ける。雌株の中心部には少数の両性花がある。また、雄株は花が終わると枯れるが、雌株は花の後高さ50㎝ほどになる。花後、株元から腎円形で幅15~30㎝の葉を伸ばす。葉や葉柄も食べられる。果期のフキは白い冠毛が目立つ。分布:本州(岩手県以南)~九州。
栽培:鉢で管理するよりも、地植えのほうが育てやすい。フキノトウ(蕗の薹)を鉢で鑑賞する場合は、初冬の蕾ができた頃に赤玉土単用または富士砂との混合土で植え付ける。花を観賞した後は再び露地植えに戻したほうが良い。施肥をするのであれば、月に1回置き肥をする。増殖は、鉢から露地に戻す時に、株分けによって殖やす。冬の凍結を避けるため、露地に藁などを敷き詰めておくと良い。
北海道や東北地方に分布するアキタブキ(秋田蕗)var.giganteusはフキより全体にかなり大きく、葉は直径1.5m、葉柄は長さ2mにもなる。市販のフキはほとんどがアキタブキの栽培品。[山と渓谷社発行「山渓ポケット図鑑1・春の花」&栃の葉書房発行「別冊趣味の山野草・山草図鑑」より]
https://app.blog.ocn.ne.jp/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=39924937&blog_id=82331 [奥州市埋蔵文化財調査センターのフキノトウ(蕗の薹)]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%AD [フキノトウ(Wikipedia)]
http://www2.odn.ne.jp/shokuzai/Fukinotou.htm [ふきのとう(蕗の薹)]
http://www2.odn.ne.jp/shokuzai/Fuki.htm [ふき(蕗)]