ピカビア通信

アート、食べ物、音楽、映画、写真などについての雑記。

距離感

2007年06月18日 | Weblog

昨日の「ソフト」の続きになるが、今ひとつ納得でき
ないのが、ここに来ての加速度的な劣化だ。
年々下手になっているという事実はもう否定はできな
いのだが、それは主に年のせいだということも分かる。
これは一般的な現象だろう。
身体が追いつかないと言うのは、運動会の光景として、
一つのエンターテインメントになっている。
かけっこで激しく転ぶお父さんの姿は、子供達の一生
懸命な姿よりも人を喜ばせ、しかも哀愁を感じさせる
光景である。
そんな一般的な現象としての衰えは仕方ないことだが、
感覚の衰えが納得できないのだ。

つまり、ボールとの距離感、どのくらいのスピードで
どのくらい離れているのか、そういうものを察知する
感覚が何故これほど急速に衰えてしまったのか。
野球の場合はまだ仕方が無いが、ソフトに関してはそ
の絶対スピードは大したこと無い(草ソフトであるか
ら)、それなのになのだ。
そうやって考えると、ぶっつけ本番という条件は常に
同じで何が違っているかと言うと、球に普段から親し
んでいるかいないかではないかということだった。
自分の場合、テニスを止めてから加速度的に駄目になっ
てきたようだ。
劣化し始めた時期と一致するのだ、それが。

止めたのが4年ほど前。
それまではコンスタントに、週一ではあるが続けてい
た。
そのテニスも、ダブルスよりはシングルス志向だった
ので、激しく動き回る。
しかもスピード重視、テクニックは二の次テニスで、
身体に対する負荷は相当なものだった。
10回に1回くらい決まるスーパーショットのために
やっていたと言っても過言ではない。
そのお陰で大分腰にきたが。
後は、至近距離でのボレー合戦が得意であったりと、
今から考えると球のスピード感と言うものを常に養っ
ていたことになる。
スピードそのものも、テニスボールの方が遥かにある
し、そんな日頃の運動が草ソフトにも生きていたのか
と思うと、テニスも止めなければ良かった。
とは思っていないが、球技に関しては常日頃の訓練が
いかに重要であることが分かった。
しかしこの先、そのためにやることは多分ないだろう。
コメント