「多分男性はパリ生活の先輩で、初めてらしきその女
性に、パリの情報を教えているという状況だと思うん
だ。女性は盛んにへーという返事をしていて、それは
関心のない<お愛想へー>じゃなくて感心してのへー
だったんだよ、明らかに」(私)
「それで?」(Y)
「どうやらパリの映画事情の話のようで、しかも日本
映画についてだったんだ」(私)
「というと、クロサワとか?」(Y)
「それが違ったんだね、盛んにオッズ、オッズという
言葉を発していて、よく聞いてみるとこういうことら
しい。パリでは小津安二郎と溝口健二が人気で、とい
うより評価が高いということなんだろうね、溝口はミ
ゾグチ、そして小津はオッズと呼ばれていて、今でも
特集を組んで上映されるんだけど、ちょっと違うでし
ょ、という話だった」(私)
「何が?」(Y)
「流石パリだ、ということを言いたかったのだと思う
よ、つまり、日本でもそんな特集あまりしないのに、
パリではミゾグチ、オッズなんだから、ということだ
よ」(私)
「当時は、今と違ってビデオで直ぐという時代じゃな
いから名画座以外でそういうものに接する機会はない
ですしね」(Y)
「衛星映画劇場も無かったし」(私)
「一部の本格派のマニアしか行かないですからね、そ
ういうところは」(Y)
「日本でもその程度なのに、フランスでは日本以上に
というか、日本人以上に日本映画を評価しているフラン
ス人その文化の底力というものは凄い、ということを
言いたかったのだと思うよ彼は」(私)
「クロサワではなくオッズ、ミゾグチというところも
ポイントですね」(Y)
「そうなんだよ、今でこそオッズの映画は殆ど見てい
かにも知ってますよという態度でしてしゃべってるが、
当時は恥ずかしながら名前しか知らなかったからね」
(私)
「女性と同じく、へーだったんじゃないですか」(Y)
「だから今でも鮮明に覚えているというわけだ」(私)
「で、どこが映画的なんですか?」(Y)
「つまりね、異国の地で自分の国の文化を再認識する、
というとありきたりの話になっちゃうんだけど、その
設定が映画的だと」(私)
「どういうことですか?」(Y)
「パリのカフェという、様々な文化が行き来する場で、
一人開放感を味わう異邦人」(私)
「好きですね、異邦人」(Y)
「パリの異邦人、ちょっとステレオタイプか、まあい
い、そこでふと耳にした会話、ここはフランス人の会
話の方がいいから、そういうことにしよう、そこで聞
くオッズという言葉、始めはフランス語かと思ったが
それが小津であることが徐々にわかってくる、主人公
が小津と第二の出会いを向かえる劇的な瞬間」(私)
「いつしか主人公なんですね、それは置いといてその
瞬間が映画的と」(Y)
「そうそう」(私)
「本当にそうですかね?」(Y)
「なんか段々どうでもよくなってきたけど、兎に角、自
分の映画史上では、小津との出会いという意味で深く
記憶に刻まれた出来事だったということだ、これでえ
えやろ」(私)
「へい」(Y)