人生の親戚, 大江健三郎, 新潮文庫 お-9-17(5394), 1994年
・作中の『僕』であるKさんの友人、『倉木まり恵さん』の凄絶な生涯について。
・はじめの10ページほどは最初読んだときは意味不明ですが、物語が後半になってやっと話がつながります。これはどこまでが現実で、どこからが創作なのか、『まり恵さん』のモデルは実在するのか、判然としないのですが、全てが創作だとは思えない生々しい描写が随所に見られます。人間なら誰しも人に言えないことや表に出せない面を持っているでしょうが、作中での『まり恵さん』にプライバシーはありません。「そこまで見せなくても」 その露出っぷりに胸をえぐられるような気分になります。
・よく考えながら、よく味わいながら、何度か読み返すべき小説。
・「無垢(イノセンス)は強調されすぎると、その反対の極のものになる、とオコナーはいってるわ。もともと、私たちは無垢(イノセンス)を失っているのに。キリストの罪の贖い(リダンプション)をつうじて、一挙にじゃなく、ゆるゆると時間をかけて、私たちは無垢(イノセンス)に戻るのだとも、彼女はいってるわ。現実での過程をとばして、安易にニセの無垢(イノセンス)に戻ることが、つまり sentimentality だというわけね。……私はなによりそれがいやなんだわ。だから、この現実生活で、無垢(イノセント)じゃないことにもセッセと励んでいるといえば、手前勝手な開きなおりでしょうけど。」p.44
・「私たちが入ってくるのを見ると大きな声を出して立ち上がって、やがて途方に暮れたような様子で奇妙な調子でいいました。――君たちが死んでいるのだということを知っているよ。」p.65
・「――サッチャン、私たちの人生は失敗だったね。いいものはもうなにも残っていないね。」p.71
・「知能の発達の遅れた子供にも、自殺について認識があり、それは決してまとはずれのものでない、という思いが、そこで辛い記憶のひとつとなったのだ。」p.77
・「まったくいまの私には、どのような「悪」をなしとげれば、カミにしっぺ返ししうるものか、まるで雲をつかむ具合なのねえ。」p.87
・「――文化人類学のYさんが「攻撃誘発性」と訳した、ヴァルネラビリティーということが、まり恵さんのいまの状態にあてはまると思うよ。最初の出来事は不時の災難ということにしても、あれ以来、まり恵さんはヴァルネラブルな傷口を白日のもとにさらして生きている。」p.125
・「Kさんが、文章で「師匠(パトロン)」という言葉を使われることがあるでしょう? まり恵さんは、僕らが若い頃から、本当に「師匠(パトロン)」だったと思いますね。現実世界の様ざまな面を、興味のある仕方で示して、僕らを教育してくれたと思います。」p.127
・「感知しえるものは、一時的(テンポラル)なもので、理解しえるものは、時間を越えた(タイムレス)ものだから、ふたつの間には二律背反があると、マニ教徒はそう考えていたんだと。」p.170
・「年甲斐もなく、それならばキリストの受肉(インカーネーション)はどうなるのかと、怒鳴りだすのよ。キリストがイエスとして受肉したことによって、時間を越えたものが、一時的な現世の肉体と一致したのじゃないか。それによってはじめて、人類は救われる道をえたのじゃないか、と……」p.171
・「――……ずっと若い頃に、かなり直接的に誘われながらヤラなかったことが、二、三人についてあったんだね。後からずっと悔やんだものだから、ある時から、ともかくヤルということにした時期があったけれども…… いまはヤッテも・ヤラなくても、それぞれに懐かしさがあって、ふたつはそうたいしたちがいじゃないと、回想する年齢だね。」p.174
・「それはおよそ人間の力で癒しうる傷によるものではない、と感じられる呻き声だった。」p.177
・「彼女は骨盤の高さで電車の手すりに躰をつらぬかれ、動くことができなかったのだ。終生フリーダは、左の腹から入って膣から出た鉄パイプによって「処女を喪った」といっていた。脊柱は腰部において三箇所砕け、鎖骨も、三番目と四番目の肋骨も砕けた。左足に骨折十一箇所があり、右脚は脱臼して潰れ、左肩も外れ、骨盤は三箇所で砕けていた。」p.203
アポカリプス 【apocalypse】 1 《the A-》ヨハネの黙示録(the Revelation);黙示書,黙示文学. 2 黙示,啓示,天啓. 3 世の終わり. 4 (社会的)大事件,大災害,大破壊.
・作中の『僕』であるKさんの友人、『倉木まり恵さん』の凄絶な生涯について。
・はじめの10ページほどは最初読んだときは意味不明ですが、物語が後半になってやっと話がつながります。これはどこまでが現実で、どこからが創作なのか、『まり恵さん』のモデルは実在するのか、判然としないのですが、全てが創作だとは思えない生々しい描写が随所に見られます。人間なら誰しも人に言えないことや表に出せない面を持っているでしょうが、作中での『まり恵さん』にプライバシーはありません。「そこまで見せなくても」 その露出っぷりに胸をえぐられるような気分になります。
・よく考えながら、よく味わいながら、何度か読み返すべき小説。
・「無垢(イノセンス)は強調されすぎると、その反対の極のものになる、とオコナーはいってるわ。もともと、私たちは無垢(イノセンス)を失っているのに。キリストの罪の贖い(リダンプション)をつうじて、一挙にじゃなく、ゆるゆると時間をかけて、私たちは無垢(イノセンス)に戻るのだとも、彼女はいってるわ。現実での過程をとばして、安易にニセの無垢(イノセンス)に戻ることが、つまり sentimentality だというわけね。……私はなによりそれがいやなんだわ。だから、この現実生活で、無垢(イノセント)じゃないことにもセッセと励んでいるといえば、手前勝手な開きなおりでしょうけど。」p.44
・「私たちが入ってくるのを見ると大きな声を出して立ち上がって、やがて途方に暮れたような様子で奇妙な調子でいいました。――君たちが死んでいるのだということを知っているよ。」p.65
・「――サッチャン、私たちの人生は失敗だったね。いいものはもうなにも残っていないね。」p.71
・「知能の発達の遅れた子供にも、自殺について認識があり、それは決してまとはずれのものでない、という思いが、そこで辛い記憶のひとつとなったのだ。」p.77
・「まったくいまの私には、どのような「悪」をなしとげれば、カミにしっぺ返ししうるものか、まるで雲をつかむ具合なのねえ。」p.87
・「――文化人類学のYさんが「攻撃誘発性」と訳した、ヴァルネラビリティーということが、まり恵さんのいまの状態にあてはまると思うよ。最初の出来事は不時の災難ということにしても、あれ以来、まり恵さんはヴァルネラブルな傷口を白日のもとにさらして生きている。」p.125
・「Kさんが、文章で「師匠(パトロン)」という言葉を使われることがあるでしょう? まり恵さんは、僕らが若い頃から、本当に「師匠(パトロン)」だったと思いますね。現実世界の様ざまな面を、興味のある仕方で示して、僕らを教育してくれたと思います。」p.127
・「感知しえるものは、一時的(テンポラル)なもので、理解しえるものは、時間を越えた(タイムレス)ものだから、ふたつの間には二律背反があると、マニ教徒はそう考えていたんだと。」p.170
・「年甲斐もなく、それならばキリストの受肉(インカーネーション)はどうなるのかと、怒鳴りだすのよ。キリストがイエスとして受肉したことによって、時間を越えたものが、一時的な現世の肉体と一致したのじゃないか。それによってはじめて、人類は救われる道をえたのじゃないか、と……」p.171
・「――……ずっと若い頃に、かなり直接的に誘われながらヤラなかったことが、二、三人についてあったんだね。後からずっと悔やんだものだから、ある時から、ともかくヤルということにした時期があったけれども…… いまはヤッテも・ヤラなくても、それぞれに懐かしさがあって、ふたつはそうたいしたちがいじゃないと、回想する年齢だね。」p.174
・「それはおよそ人間の力で癒しうる傷によるものではない、と感じられる呻き声だった。」p.177
・「彼女は骨盤の高さで電車の手すりに躰をつらぬかれ、動くことができなかったのだ。終生フリーダは、左の腹から入って膣から出た鉄パイプによって「処女を喪った」といっていた。脊柱は腰部において三箇所砕け、鎖骨も、三番目と四番目の肋骨も砕けた。左足に骨折十一箇所があり、右脚は脱臼して潰れ、左肩も外れ、骨盤は三箇所で砕けていた。」p.203
アポカリプス 【apocalypse】 1 《the A-》ヨハネの黙示録(the Revelation);黙示書,黙示文学. 2 黙示,啓示,天啓. 3 世の終わり. 4 (社会的)大事件,大災害,大破壊.