戦国BASARA弐 第11話 「覇走豊臣大本隊!本気の慶次、断腸の抜刀!!」 ○
当BASARA世界における慶司は馬鹿ですよね
それも大馬鹿です、だがそれがいい
徹底した非抗戦もここまでやると清々しい
だからこそ秀吉も踏みつぶしていくならもっと王蟲のように征くと
もっと映えたかと、いろんなキャラにカメラが回って忙しい展開
だからやむを得ないけど、惜しい
ただ、どのカメラも美味しいシーンがてんこもりで力がある
毛利さんとこはメギドの炎で、伊達さんとこはお約束の政宗と小十郎の
絆を確かめるやりとり、ハッタリは十分にかました感じなんであとは
どーまとめるかだねえ、どーにもまとまりそうにないケド
あとは勢いでって感じかな、それだと「凄い!」ってとこまでは
いかなさそうだけど。
生徒会役員共 第12話「一般的な恥じらいです/
制服は半脱ぎが相場だよ/君なりの露出プレイじゃなかったのか?」 ○
受験の結果がここまでどうでもいいお話しがかつてあっただろうかw
マークシートは「3P」だし面接は中学生のエロトーク
らしいと言えばそーだけどさー
ほとんど「ちっちゃくないよ!」ネタですずっちは押し通しているのに
ここまでほとんどハズレがないのは凄いよねえ
今話でもツインテールつかんだり胸頭にのっけたり高い高いされたり
それもこれも彼女が本気で嫌がっているからこそ成立するのだよヒッヒッヒ
タカトシ君との凸凹な移動中の会話なんかもすっかり絵になってるね
あとはタカトシ君のツッコミに磨きがかかってるね、無理もないけど
悪気のないボケが多いからツッコミ側もソフトに流してる
水の流れのように
>すぐに病院に!!
ついでに君たちも視てもらえw
世紀末オカルト学院 第12話 「千の風、美の尋めゆき」 △+
美風はともかく千尋さんの印象をサッとひっくり返してしまうとこが
アニメノチカラですなあ、中の人もいいね、2人とも
ここまではなしがあったまるともう「オカルト」的な要素は不要というか
友達組が高速ババアと戯れていたのは蛇足のように思われ
というか、結局オカルト的要素ってハナシの根幹ではなくて
形式を整えるためのものってとこだったのかもね
「オカルト」ってのは現代ではそういう道化的扱いから脱するのがもうほとんど
不可能ってことなのかもしれない
最後に「謎解き」を残したのはエンタテイメント的な執念ですな
人を楽しまそうって気がマンマンなのは実にうれしい
ぜんたいそういう印象を感じるアニメだったなあ
祝福のカンパネラ 第12話「祝福のカンパネラ」と
祝福の鐘は誰がために鳴る △+
もうこれだけ穢れのないキャラクターたちのことを自分の思惑
うんぬんで貶めたり、逆に持ち上げたりするのはほとんど無理よな
子供がおとぎ話を享受するようなまなざしでこの物語を受け入れざるを
得ない、そういうことだったとおもう。
余計な思惑なしならこのきれいに着地したおはなしに関して
これ以上語ることもないわけで、あとはミネットがかわゆすとか
そういうどうでもいいことでお茶を濁せばよい
これは皮肉じゃなくてただただそういうマレなおはなしが奇跡的に
成立したというそのこと、なんならそれを祝福してもいいのかもしれない。
オオカミさんと七人の仲間たち 第12話
「おおかみさんとマッチ売りじゃないけど不幸な少女」と
とりあえずまとめ △
童話迷宮
けっきょく物語原型を現代らのべえ的テンプレキャラクターに
変換してどうこうってのも単に読者が受け入れやすいそれで
ありすぎるために、どーってことないにすぎないかって思う
もうちっと大胆にやっても多分、悪くない
私的な解釈だともともと「赤ずきん」って「堕胎」のおはなしだと
思っているんですよね、うわついた若いおぜうさんが狼さんに
食べられちゃうってことなんで
まあそのまま子供を堕ろすとかなんとか何てハナシはする必要は無いけど
どぎつい所を何らかの処理をほどこす必要がでてくるわけで
そうするとハナシづくりに工夫が要るようになり、そこに
創作の苦労とうまみが発生するのではなかろうか
多分、「狼少年」って「ツンデレ」じゃんっていう一発ネタが
そのままだらだらと続いちゃってるんじゃないかなあってことなんだと
思うけど、それがアニメーション化してしまっているその事態こそ
現代の「お伽話」そのものなんかもしれない
ちなみにこれは皮肉です。
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