ヤマボウシ
(城跡ほっつき歩記)より
六合村へ向かう山道の斜面で
ヤマボウシがぼくを迎えてくれた
久しぶりだね山帽子
夏に備えて白い襟の服に衣替えしたんだね
ぼくは温泉に泊まってひと夏過ごしたことがある
浴槽から湧きあがる湯気と
開けっ放しの窓から流れ込む涼気とが
互いにもつれ合い睦み合うのを見て過ごした
衰弱した内蔵を癒してくれた恩人は誰?
更衣室に貼ってあった温泉分析書に隠れているのか
それとも目の前にひろがる広葉樹の葉裏か
土地のオババが教えてくれた煎じ薬の中にだろうか
ほぐれた細胞がぬるま湯に溶けていく
もつれた神経がばらけて水中に漂っている
沢を渡ってきた風が火照った頬を撫で
下草の中でヤマドリがくぐもった声を響かせる
六合村へと案内してくれたヤマボウシは
むかし傷ついた平家一族を導いたことがある
源氏の追っ手を逃れた落ち武者は
人の通わぬ山奥にたどり着いて生き永らえた
牢破りをした高野長英も湯本家当主に匿われた
ふるさとの母を胸に赤岩の湯で息をととのえ
やがて六合村に別れを告げた
水沢への逃避行には山神の先導があったのだろうか
いろいろあったんだね山帽子
この世には語り尽くせないほどの事象がひしめくが
悲しみと喜びはともに時間の帯に乗り
夢幻の空間へと還っていく
さようなら白い襟のヤマボウシ
あなたが山肌に紛れる季節が来ても
六合村は黙々と想い出をつむぐ
ぼくも持ち帰って人生のアヤトリをしようと思うのだ
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