どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

ポエム20 『お殿さまのタバコ』

2013-05-21 01:31:06 | ポエム

 

      母子草

     (城跡ほっつき歩記)より

 

 

東京の空が焼けとったわ

親戚の旦那さんがキセルを銜えたまま

プカリと吹かした

 

夏の木陰で火口(ホクチ)を赤く点し

疎開っ子のぼくをじろりと見据えて

旦那さんがニヤリと笑った

 

おまえらの家もボンボン燃えて

今ごろ親子ともどもほうほうのていじゃったろう

住まいがあることを感謝してもらわにゃあ

 

たしかに有難いこととです

子供心に恩を噛みしめました

だからお殿様には母の着物をすべて差しだしました

 

ひとしきり自慢したあと

旦那さんは腰の煙草入れを開けて

指先でキザミを抓み満足そうに眺める

 

戦時下でもタバコが手に入るのが嬉しいのだ 

やおらキセルを口から外し掌にポンと打ち付ける

空気に触れた燃えカスが火の色を保つ

 

キセルの火口に抓んだキザミを詰め替える

手のひらの燃えカスを載せて素早く吸いつける

下卑た口元が尻穴のようにすぼまる

 

肺の奥深く吸い込んで目の中がかがやく

「おまえの親父はトウキビの毛を吸うとったな」

子供心にも悔しさが滲んだ

 

あの日から七十年が過ぎた

キザミにそっくりの五形(ゴギョウ)・母子草が

「お殿さまのタバコ」と呼ばれる俗称を知った

 

終戦の日の玉音放送を聞いたあとも

うなだれることのなかった痘痕の旦那さんは

ぼくらが明け渡した離れを蚕小屋にもどしたらしい

 

ぼくは東京にもどって見返すつもりだったが

繁栄の姿にひそむ近未来の焼け野原の翳りに怯え

今はもうささやかな恩讐の出番などない

 

過去も現在も未来もすべて宇宙の胎に登録済み

脳も宇宙のホログラムの一部

「なあ~んだ」とわかって勇気が湧く

 

長くて短いぼくの物語はまだ終わらない

曼荼羅もヨーガもチベット仏教も身近になって

新たな旅立ちの日も近いのだ・・・・

 

 

 

 

 母子草の別名を「御形、五形」(オギョウ、ゴギョウ)、「這子草」「這娘草」(ホオコグサ)、漢名では「鼠麹草」とも。
 俗称・方言には「アワブツブツ」「オトノサマノタバコ」「キバナクサ」「タマゴグサ」「トノサンヨモギ」など120以上の呼称があるとのことです。

 


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4 コメント

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話だけは (小頭@和平)
2013-05-21 21:42:25
こんばんは。
いつもご利用頂きありがとうございます。

拝読していて、ふと亡くなった母親から聞いた空襲の話を思い出しました。
昭和20年の3月と4月の2度にわたり、共に焼け出されたという話を半世紀以上前に良く聞かされたものです。グラマンの機銃掃射も体験したとも...
その際に、親兄弟などの範囲では被害がありませんでしたが、職場の上司や同僚の方々が大勢亡くなられたとも申しておりました。

幼少の時に、関東大震災でも焼け出され上野の山に逃げて助かった母親ですが、今から5年ほど前には88歳の天寿を全うさせて頂きました。

そんな母親でしたが、若い時分には在日米軍機の「星印」を見ると、突然人が変わったように、憎しみの表情に豹変していたことが、子ども心にも思い出されました。

おかげさまで忘れかけていた、若かりし母親の姿を思い出すことができました。
どうもありがとうございました。
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時間がいっきに短縮して・・・・ (窪庭忠男)
2013-05-22 00:49:37
(小頭&和平)さま、今回も画像と解説を使用させていただきありがとうございました。
さらにはお母さまにまつわる想い出までお聞かせいただき、時間が一気に短縮した思いです。

ぼくの母親は87歳で疾うに亡くなりましたが、生前ふるさとの埼玉県村山(所沢市の在か?)の話をよくしておりました。
また兄は学徒動員で工場に駆り出され、お話にありましたような機銃掃射を受け、櫓から転げ落ちた話をしておりました。

自分が疎開先で見た3月10日の東京大空襲の際の空は、今でもありありと思い出されます。
遥か遠い出来事のように見えて、時間と云うものはあってなきがごときもの、むしろ明々と西空を染めて鮮やかな記憶となっています。

コメントに触発され、いろいろのことが頭をめぐっております。(感謝)
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爽快な詩だなあー (知恵熱おやじ)
2013-05-22 18:55:01
「長くて短いぼくの物語はまだ終らない」という一節に主人公の宇宙のホログラムとしての自身への矜持が見えるラストが爽快!

私たちはどんなに偉かろうが、石ころみたいな存在だろうが皆等しく宇宙のすべてをそれぞれの体内に持つんだぜ・・・と。

それに気付くと、殿さんの威張りくさった振る舞いがコッケイに見えてきて。
気分のいい詩だなあー
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世界観が変わりました (窪庭忠男)
2013-05-23 17:02:15
(知恵熱おやじ)様、『脳とテレパシー』を教えていただきおぼろげながら世界が視えてきたように思います。
関連の記事も多数読ませていただき、宇宙の姿を想像できる気がしてきました。

自分の見ているものだけを信じて疑わない人びと、固定観念に縛られた主張や裁定が、最新の宇宙観によって是正される日も近いのではないでしょうか。
(あくまでも直観的な理解にとどまりますが・・・・)
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