群馬県に月夜野という町がある
猿ヶ京に近いのどかな平野の里だ
ぼくたちの目的地はもっと先なのだが
そこへ通りかかった時には日が傾いていた
仕事が延びて出発が遅れたこともある
ガリ版印刷の権威でもある師匠は
依頼された俳句雑誌の表紙に命を懸けていて
緻密な三色刷りのわずかなズレにも拘った
納品が済んでさてと腰を上げたのが一時過ぎ
師弟三人がバタバタと乗用車に乗り込んで
じゃあ行ってくるよと奥様に声をかける師匠
プイと横を向いた眼のぬめりが気にかかる
国道17号線を北へ北へとひた走り
いつの間にやら三国街道の標識も
先生 猿ヶ京まではそう遠くないですよ
母猿が火傷を負った子猿を癒したという温泉だな
何でも知っている師匠がすかさず反応する
佐知子くん ほら窓の外をみてごらん
一面に広がった田畑の向こうに灯りが見えるだろう
ここらには時おり狐火が現れて旅人を惑わすそうだ
義男くん しっかり前を見て道に迷うなよ
予約してあるのは法師温泉だからな
今でもランプでお出迎えだそうだから
足元が確かなうちに宿へ着きたいね
師匠それは無理ですよ・・・・と腹の中
出発遅れがモロに響いていますからね
口には出せないが いつも通りの弟子の思い
法師温泉は国道を外れて谷の底へとくねる道
ガリ版印刷というと昭和も初期に花開き
師匠は三本指に数えられる匠の技の持主
ギリギリガリガリ朝から晩まで鉄筆三昧
ほくそ笑みつつ没頭する姿は唯我独尊
多色刷りにはさまざまな鑢(ヤスリ)の使い分け
版木を預かる浮世絵の版元蔦屋重三郎気取り
そりゃあ立派ですよ師匠の仕事は芸術の域
ですけどね 弟子には気鬱な出来事も
師匠に惹かれる佐知子くんのことですが
出がけに見せた奥様の油を引いたような目が怖い
女殺し油の地獄じゃないけれど
近松門左衛門さん のたうつ戯作はご免ですよ
月夜野・・・夫の姉が嫁いだ里で戦時中はここに夫が両親、姉兄たちと疎開をしたそうな
猿ヶ京・・・ここは父の故郷・・・飼っていた馬に医師をしていた曽祖父が蹴られて亡くなってしまったそうで、そのご一家は故郷を後にしたとのこと・・・
ところで、その後師匠は油地獄に陥ったのでしょうか・・・
なるほど、月夜野は田畑も多く戦時中には何かと頼りにされた場所だと思います。
猿ヶ京も含め、のりさんにも縁があったんですね。
さて、物語の方ですが、小生はやばやと離脱してしまったので、見届けることはありませんでした。(と、いうことで)