ユキノシタ
(季節の花300)より
奥鬼怒の<夫婦が淵温泉>を目指した八月
よれよれの軽自動車で灼熱の太陽に焼かれ
川俣温泉を横目にひたすら砂利道を遡ったのは
主従3名の俳句吟行が目的のはずだった
宿の主人のもてなしは山奥で採取したマイタケ
20センチもある天然物のキノコは
肉厚の歯ごたえとかおりで主従を魅了した
青竹の盃になみなみと注いだ地酒とともに
師はすでに俳句の世界で著名な存在だった
運転手のぼくと編集見習いの女性は師の信奉者
いわれるままに夏雲の席題に頭をひねったが
ほめられたのはぼくより後輩の見習い女性
夏雲や幼子胸に眠らせて(よしの)
夏空に入道雲の力こぶ(さとる)
よしのくんの句は情景に広がりがありますね
さとるくんのは比喩が直接的でかつ季重なり
ずばり評言のとおりと認めざるを得ない悔しさ
だけど先生はいつも女性の句に軍配を上げる
ナイーブだの繊細だのと細める目がいやらしい
またまた奥さんとごたごた揉めなければいいが
高低差のあるいくつかの露天風呂
よしのくんが浸かる小さめな岩風呂を
真下の位置から見上げる先生の猫なで声
嫉妬に似た感情はなにゆえのものだったろう
ぼくは二人の会話に背を向けて
湯気の届かないガレ場の崖下に目をやる
あっ あの白い静脈はユキノシタ
日陰でなければ生きられない植物
何人もの女性を入れ替わりでそばに置き
結局は幸せにできない結社の宗匠
蜜に引き寄せられる蝶や蜂をあやつり
修羅場にいざなう恋の麻薬常習者
ぼくの心にはやはり嫉妬が住むのだろうか
承知のうえで戯れる師と女弟子の履歴をたどり
雪の下に行く末を重ねるぼくのお節介など
<夫婦が淵>のいわれほどにも応えてはいまいが
(2019/04/29より再掲)
若い時に出会った人たちの中でも、印象深い人の一人です。
ロシア文学に興味を持っていた時代ですから、さほど驚きはなかったですが、こちらの思考にも絡んでくる現実の捌き方に悩んだことも事実です。
本来なら短編小説に向いているテーマですが、読んでいただけたことに感謝します。