
展望風呂から海を見る
長いこと山暮らしをしていたせいか、正月早々海を見たくなった。
首都高速道路、京葉道路を乗り継ぎ、大網白里をとおって鴨川まで房総の海沿いドライブを試みた。
思い立ったのが午前10時過ぎ、午後3時ごろにはホテルの立寄り風呂に入れるかと見積もりしていたら、なんと東浪見(とらみ)の先で地魚の昼食を摂りながら予定より一時間も早くホテルに着くことができた。
以前は船橋に住んでいて、夏になるとよく海水浴に行ったものだ。
ハイシーズンの道路は渋滞が著しく、工夫と覚悟と若さでなんとか乗り切ってはいたが、懐深い千葉県の課題は道路整備だろうと思っていた。
ところが今回久しぶりに半島先端を目指してみると、幾つもの高速道路が完成していて短時間で海岸まで到着してしまったのだった。
土気(とけ)のあたりでは、通称チバリーヒルズと呼ばれた大規模住宅開発が行われていたが、いまどうなっているのだろうか。
確かめる間もなく一気に一の宮近くまで着いてしまった。
土埃のする工事中の道路が、いまや完成して現実のものとなっていたのである。
時の流れに、ただただ感嘆するばかりであった。
御宿や勝浦にはそれぞれ想い出があるが、今回は青春の記憶の縁を通過する。
地形的に美しい勝浦あたりは、たくさんの画家が題材に選んでいるが、トンネルを抜けた瞬間まぶしく目に飛び込んでくる海のきらめきは、まさに芸術家を刺激する生命の輝きなのだろうと実感した。
山暮らしに慣れた身には戸惑うような、直接生体に訴えてくる圧倒的な光だった。海辺に住んで、強烈な刺激に翻弄されてみたい気持ちが湧いた。
松林の中をドライブしていくと、鴨川の街は懐かしい顔で迎えてくれた。
シーワールドや先端医療で有名な亀田総合病院がのびのびとした敷地を持って広がっている。
ホテルに着いて、クルマを降りた瞬間吸い込んだ空気の甘さは特筆ものだ。松林と海が用意してくれた特別の清涼感だ。
この場に立って、道中日差しの強さと光の量にずっと夏を感じていたことに気がついた。
目当ての展望風呂に直行する。
山の温泉場とは異なる明るい脱衣場・・・・。浴場前面の窓から見晴るかす穏やかな太平洋。
目を転じるまでもなく視界に入っている風除け砂避けの松林・・・・。そして鴨川シーワールド。
見下ろす白い施設の観客席に人影が見え、右手にはシャチと思われる黒い生き物が煽るように水面を揺らしていた。
シーサイドホテル、大きく弧を描く砂浜、突堤・・・・。カメラのようにターンする眺めの心地よさはここならでは、だ。
潮っぽい湯に存分に浸かり、マッサージ器にかかると今日一日がことのほかありがたく感じられる。
仕上げに自動販売機で昔懐かしいコーヒー牛乳を買い、腰に手を当ててコクコクと飲んだ。
帰路、富浦から高速道路で高井戸まで、一つの街に降りることもなく通過した。 房総の道路事情は、十数年ご無沙汰しただけで呆れるほど変わった。ほとんど浦島太郎の心境だ。
道路を走るというより、空を飛んできた印象が強い。
ドライブ中、成田空港を離陸した旅客機が、つぎつぎと頭上を横切っていった。東京湾上で行き先ごとにコースを変え、正月後半のフライト客を運んでいったのだろう。
余裕ができたら、城達也の『ジェットストリーム』のCDでも買いたいなと、思いっきりオジサンになっていた。
世の中はそんなに変わったんですか!
山でばかり暮らしていたおじさんにとっちゃ嬉しいやら腰を抜かすやら……。
世の中の移り変わりは速いですなあ。
房総の海辺の温泉に浸かれるのも、東京の西方から移動してきた人にとっては、夢のようなものでしょ。
そんな盛りだくさんの、お正月の楽しみの一面をうらやましく思いましたよ。