伊賀の里をクルマで通り過ぎたとき
後部座席でガヤガヤと人の声がする
なんだろうと訝しんで振り返ると
忍者の格好をした若者が数人でお喋りしていた
なんだ君たちは勝手にクルマに乗り込んで・・・・
そのうえ忍者のくせにやたらと騒がしい
観光客相手の忍者ショーから抜け出して来たのか
どこかで路上パフォーマンスでもやろうというのか
声を荒らげて睨んでも一向に気づかない
話に夢中になっているのか
それとも僕のことなど無視しているのか
弾んだ言葉が手裏剣のように飛び交う
後ろを振りかえったままの運転は危ないので
車内の可動式ミラーで観察していると
僕の横を猛スピードで追い抜く軽四トラックがある
オオッと魂消て覗き込むと頭巾をかぶった女性じゃないか
いったいこの山里はどうなっているんだ
ジャガーを追い抜く軽自動車が走っているなんて
いくら忍者の里で売り出しているからって
はるばる東京からやってきた客をたぶらかすなんて
ふと気がつくと騒がしかった若者たちの声がない
ミラーで確かめると後部座席はもぬけの殻
一度もブレーキを踏まない車内から消えてしまったんだ
さてはとびきりデタラメな忍術でも使ったか
山仕事帰りと早とちりした軽四トラックの運転手も
もしや くノの一だったのじゃあるまいか
ちょっと待ってよ くノ一さん
白昼堂々ナゾナゾを仕掛けたその心を教えてよ
昼なお暗い伊賀の山道を抜けると
陶器のまち信楽はもう近い
とっくり持った狸がとびっきり緩い表情で客を迎える
足元に咲くクレマチスは手裏剣のオマージュか
ちょっと待ってクレマチス
ミラーの中で遠のく忍者のざわめきも
タヌキを囲んだ鉄仙の植え込みも
うつらうつらと瞬膜を閉じかけるカメラの気まぐれか
今となっては引き返せない霧中の思い出
永久に答えられないナゾナゾ遊びのその心
* クレマチス=仙人草属の植物。よく知られたテッセン(鉄仙)のほか、ボタンヅル、カザグルマ、ハンショウヅルなどの和名がある。
(『ちょっと待ってクレマチス』2015/09/08より再掲)
暴走族まがいの「くの一」が現れたり
奇想天外なストーリーでは有りませんか。えっ!ストーリーじゃない? 本当の話?
そう言えばその辺り
人を騙すムジナが居るとか居ないとか (^o^)
実は若いころ、伊賀の山道をクルマで走っていたら、軽トラックがすごいスピードでぼくを追い抜いて行ったんですよ。
「おっ?」と思って横を見ると、運転席には姐さんかぶりの女性がいて、荷台には山仕事に使う鎌や熊手が放り込んでありました。
びっくりして長い間記憶に残っていたのですが、月日を経て、次第にその時の出来事があやふやになり、白日夢だったような気持になってきました。
こんな形で、詩になりました。
お立ち寄り、ありがとうございました。