いやいや大変な騒ぎである。
史上最年少で将棋タイトル二冠とA級8段を獲得した藤井聡太少年(18歳)へのフィーバーぶりについてだ。
将棋愛好家にとっては目を見張るような快挙だが、ここまで社会現象になるとは驚きである。
テレビをはじめとする報道の影響もあるのだろうが、新型コロナでうんざりしている一般国民が「なにか普通じゃないもの」を求めていた心理とフィットしたのかもしれない。
それにしても、『Nuḿbēr』(ナンバー)というスポーツ誌(隔週刊)が「藤井聡太特集」を組んだのにはびっくりした。
さっそく取り寄せて、天眼鏡を片手に息もつかずに(?)読んだという次第。
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タイトル『藤井聡太と将棋の天才。』は、ほぼ23本の見出しで組まれている。
いずれも興味深い記事に仕上がっているが、そのうち数本のレポートに絞って感想を記してみたい。
まずは<天翔ける18歳。藤井聡太>から。
魔王のニックネームを持つ渡辺明三冠に挑んだ棋聖戦第4局の顛末である。
藤井聡太は、これまで渡辺明相手に2勝1敗とカド番に追い込んでおり、この対戦に勝てば棋聖を奪取することになる。
そして午後7時11分、さしもの熱闘も渡辺の投了で終局を迎える。
藤井聡太新棋聖の誕生だ。
感想戦の後、たくさんの報道陣を前にした会見の中で、各社1問と決められた質問に藤井聡太は淡々と答えていく。
3年も前から追い続けてきた『Nuḿbēr』(ナンバー)誌の記者は、渾身一擲の質問を投げかける。
「今、将棋界はAIとの共存期を迎えており、今回のシリーズでも多くの言及がありました。そのような共存期において人間、あるいは棋士が持つ可能性について新棋聖はどのようにお考えでしょうか」
将棋ファンならだれでも知りたいし、一番興味のある質問だ。
例によって藤井は瞳を閉じ、俯いた後で言った。
「数年前、棋士と将棋ソフトの対局が大きな話題になりましたが、今は対決ではなく共存の時代に入りました。自分自身、プレーヤーとして(AIを研究に用いることで)成長できる可能性があると思っていますし、観戦の際の楽しみ(評価値の変動)のひとつになればいいなと思います」
さらに「・・・・人間として、棋士として、という部分をもう少し聞かせてください」と食い下がると、小考した後で答えた。
「今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変のもの。その価値を自分自身も伝えられたらと思います」
盤上、物語、不変、価値、自分自身で伝える・・・・。
なぜ、こんな言葉を導き出せるのだろう。
藤井聡太とは何者なのか。自分はまだ何もわかっていない。
ナンバー誌の記者ならずとも、首を振り続けることになるのかもしれない。
◇
つぎは<板谷一門の偶然と必然>から。
鉄道が好きで、パソコンをみずから組み立て・・・・。藤井少年のことだ。
ほかにも、藤井少年は子供のころから足が速く、50メートル走が6秒台らしい。
頭の良い子は足も速い・・・・そう思い込んでいるせいか、エピソードにも「へえ」と思ってしまう。
あとは<22時の少年。羽生と藤井が交錯した夜>
米長一門である先崎学(林葉直子の弟弟子)のレポートも面白い。
あれは、藤井聡太君が棋士になって半年ぐらい、彼が、中学生棋士というだけで、まだ何者でもない少年棋士だったころのことである。
ある出版社の企画で、加藤一二三、羽生善治、先崎学、藤井聡太の4人がトーナメント方式で対局し、それを動画配信することになった。
トーナメントは羽生-藤井の決勝戦になったが、事件は終盤に起こった。
千日手の形になったのである。
千日手とは、双方が同じ局面で同じ手順を4回繰り返すと、引き分けになるルールである。
千日手になると、先手と後手が入れ替わって差し直しになるのだが、藤井君が未成年者であるため労働基準法で午後10時以降の出演が禁じられている。
このままでは、対局はともかく優勝者が藤井君だった場合、表彰式などの動画配信もできなくなる。
関係者が頭を抱えたとき、なんと藤井君は自らの4回目の手をあえて変えたのだ。
通常なら手を変えるのは不利に陥るのでやらないのだが、藤井君はすべてに配慮して差し直しを避けた。
勝負はまもなく羽生さんの勝ちとなり、企画は成功裏に終わった。
スタッフの中には、負けの手を指した藤井君を「まだ若い」などという者もいたらしいが、プロならお見通しなのである。
先崎学がいうには、優勝した羽生さんの内心は憮然としたものだったろうという。
中学生棋士・藤井聡太恐るべし。
高校生棋士・藤井聡太の言語能力空恐ろし。
(おわり)
やっぱり凄い人間なんだなあー。
将棋の才能があるというだけではなく、持って生まれた人間としての奥行きが違うのですね。
将棋のことは別にしても、深く教えられるところがあります。
ありがとうございます。
おっしゃる通り、外見は少年なのにいわゆる「できた人間」からにじみ出る奥行きの深さに魅了されます。
AIの本質にも気づいていて、なだめるような眼差しで見ている気がします。
人間関係でも、この人は相手の気をふんわりと吸い込んでしまいそうです。
そうですか、未成年者なので午後10時以降の出演が禁じられているのは知りませんでした。
運動神経が悪そうな印象なので、足が速い少年だとは知りませんでした。
その様な少年なのに、落ち着いていて、真正面から、自分の言葉で答える凄いコメントだなあと思いつつ・・・
どの様に凄いのか、よく分からないままでしたが、分かりやすく、ポイントを読みやすく纏めて頂きました。
確かに、飛び抜けたの言語能力ですよね。
「今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変のもの。その価値を自分自身も伝えられたらと思います」
これは『ナンバー誌』の記者が引き出したコメントです。使用された単語の一つひとつは特別のものではありませんが、有機的に作用したとき得も言われぬ説得力を発揮するのですね。
驚きです。言語能力の幅も深みも・・・・。