どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

自薦ポエム㉖ 「篝火の後で」

2020-08-08 00:00:15 | ポエム

長良川のほとりに実家のある学友に誘われて

一人娘が下りの新幹線に乗った

「夏休みを楽しんで来いよ」と送り出しながら

おぼつかない娘から目を離す不安に心が揺らいだ

 

しっかりした顔立ちの岐阜のお嬢さんが

「ご心配なさらないで」と笑顔で引き取った

病気がちの母親が来られなかったことを懸念して

「それよりママの面倒を頼むね」と娘が面を翳らせた

 

幼い頃から手のかかる子だったが

なんとかチャペルを持つ女子中学に入学させ

乙女チックな学園生活を送らせた

親元を離れての旅行は中学最後の夏休みのことだった

 

「そんな遠いところに・・・・」最後まで反対する母親を

束縛したらあとで後悔することになると諭した

「それなら責任は貴方がとってよね」

ずしりと響く言葉を心臓の真ん中で受け止めた

 

長良川で鵜飼を観ました 楽しかったよ

絵ハガキには 篝火に照らされる鵜と鵜匠が

黒子のように闇に溶けかけていた

ハッとしたのは 何に怯えてのことだったか

 

一週間の滞在を終えて 娘は新幹線で帰ってきた

「迎えは私がいくからまかしといて・・・・」

母親は急に元気になって出かけていった

「現金なものだ」と 苦笑が頬に広がる

 

中学を卒業し 都内の高校に通いはじめたある日

一緒にサイクリングしながら娘が言った

「今だからいうけど わたし長良川で溺れかけたの」

ママには内緒にしといてよと 念押しも忘れずに

 

なんという青い空だ 気が狂いそうなほどの眩しさだ

八月の空の真ん中で 娘が溺れている

長良橋の上流一キロの水浴場で

あろうことか 娘は監視員に救助されたらしい

 

聞きたくないのを承知で 笑顔に紛れ込ませたのか

抱えきれなくなった重荷を

とうとう父親に放り投げたのか

「責任は貴方がとってよね」 あの時の言葉が甦る

 

知ってか知らずか 娘の顔には安堵の色

ホットパンツの足を陽にさらし 親の困惑などどこ吹く風

病弱だった過去からも母親からも脱出して

おまえは お前の人生を走るのだろうが・・・・

 

それにしても鵜飼の夜は能舞台だよ

篝火と闇のあわいを 出たり入ったり

鮎を呑ませたり 吐かせたり

あの世とこの世を 往ったり来たり

 

おまえは既に鵜飼を見たのだよ

父母を離れて 黄泉の使者に案内されたのだ

川で溺れて おのれの未熟さを思い知らされた

まだ早すぎると 追い返されたのかもしれないね

 

喜寿にはまだ遠いが 夏を迎えるたびに死は近くなる

夜の静寂にふと気がつくと

死をやり過ごした数も 少なくはない

だから娘よ おまえの運はまだ残りがあると思うのだ

 

(『篝火の後で』2014/06/25 より再掲)

   


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2 コメント

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このころの詩が特に・・・ (知恵熱おやじ)
2020-08-09 03:12:13
いい詩だなあー

最後の三行に至ってグッときました

この時期、窪庭さんの詩心は冴えわたっていたようで素晴らしい詩を連発しておられた

娘は、実は溺れかけていた・・・
生きてある今の重さが胸にせまります
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幸運としか・・・・ (tadaox)
2020-08-09 12:51:23
(知恵熱おやじ)様、身に余る評価をいただきありがとうございます。
この詩の中の出来事は、あとから何度も怖れとともに思い出します。
幸運だったんだなあ、何かに感謝したい気持ちです。

知恵熱おやじさんには、長い間みまもっていただき、おりおりに励ましていただきました。
たしかに5~7年前ごろは集中できていたのかもしれません。
一段落したら、また新作に戻ります。
ありがとうございました。


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