カウベルの響く町
唐崎の後について会社訪問を繰り返す中で、中堅の旅行代理店との商談が有望になりつつあった。
そうした進行の途中、経理畑の役員との懇談の際、近ごろの若者の旅行事情が話題になったことがあった。
「まあ、短期のレジャーではハワイ、グアム、韓国、台湾といった近場が主流ですが、このごろは新婚旅行も含めてタヒチ、モルディブ、バリ島あたりが人気になってますねえ」
「いやいや、豪勢ですなあ」
唐崎がうなずいてみせた。「・・・・それじゃあ、御社はますます儲かる一方ですな。うらやましい限りですわ」
「まあ、しかし経費のほうもかさみますから・・・・」
会社契約の有利さに興味を示しながらも、あと一歩の踏み出しができないでいた。
そんな役員に、何か決断させる決め手はないかと策を練る唐崎の表情を見ながら、吉村は自分の新婚旅行のことを頭に思い浮かべていた。
唐崎の下で修業をすると決めて以来、十月に予定した結婚式をめぐって久美とさまざまなプランを話し合った。
「披露宴にお金をいっぱい掛けるのって、無駄よねえ。洋三さん、そう思わないこと?」
「ぼくも同感だね」
男の口からはなかなか言い出せなかったので、すぐに賛同した。「・・・・しかし、久美さんには式に出てもらいたい人とか、たくさんいるんじゃないスか」
「お店に来る常連さんで、わたしの結婚式には絶対駆けつけると言ってくれる人もいるけど、かえって困っちゃうわ。それに親戚とか、あまりいないし・・・・」
「ぼくの方もいないな。友達ったって、ほとんどが九州か関西圏だし、職場の仲間だっていまの保険課では呼ぶほど親しい人は居ないっスからねえ」
そういいながら、先輩、同輩たちの顔を思い浮かべていた。
吉村は、ひょんなことから久美と交わした相談時の会話がむっくりと立ち上がってくるのを感じた。
話し合ったとおり披露宴は簡素にして、その分の予算で久美を海外旅行に連れて行ったらどうだろうかとおもったのだ。
実際の結婚生活が始まれば、家事や育児で息もつけない日々が予想されるし、どうしても<ふくべ>の手伝いを止めさせるわけにはいかないだろうとの予測もあった。
ならば、いまのうちに久美に輝く時間をプレゼントしたい。
同時に、目前の商談を一気に決めるチャンスとの閃きも働いた。
「御社にはヨーロッパ旅行のプランがありましたよね?」
吉村は旅行代理店の役員に声をかけてから、唐崎を振り返った。でしゃばるのを嫌う唐崎だが、潤滑油になりそうな会話はそれとなくスルーする器量があった。
「そりゃあ結構ありますがね」
役員が答えた。「・・・・フランス、イタリア、スペインあたりは歴史的建造物と風光明媚な景勝地が両方楽しめるので、特に人気が高いですよ」
「そうですか。実はわたくし秋にも結婚する予定で計画を練っているのですが、新婚旅行をどこにしようか迷っているところなんです」
「それでしたら、ぜひうちの担当者に相談してください。ベテランの女性アドバイザーが奥様のご希望など伺って、最良のプランをご提案いたしますよ」
「はあ、ありがとうございます」
吉村が再び唐崎の方を見た。
「ああ、そうそう。そういえばキミは山の見える場所に旅行したいと言っとったな」
唐崎が満面の笑みを浮かべて、吉村を見返した。
「はい」
「それでしたら、ヨーロッパアルプスを堪能できるプランがありますよ。まあ、みなさん憧れの景勝地ですからね」
旅行代理店の役員が身を乗り出した。
「キミはどんなところに行きたいんだね?」
唐崎が誘導する。
「一番見てみたいのはマッターホルンですかね・・・・」
吉村が思いを籠めてつぶやいた。
「ピッタリのがありますよ。モンブラン、ユングフラウも含めてスイス三大名峰を間近で見られるプランです。わたしも若いころ氷河特急で妻と旅行しましたが、いまでも感謝されていますよ」
「いやあ、そうでしょう、そうでしょう。吉村君が行って来たとなると、郵便局の結婚適齢者がわれもわれもと続くかもしれませんなあ」
唐崎がわが意を得たりと相槌を打った。
打ち解けた懇談の末に、唐崎が会社契約のメリットを再度説明した。決算期前のタイミングを意識させ、持参した提案書によって十年にわたる利益の繰り延べとその活用例を事細かに例示して見せた。
とにかく利益を圧縮し損金処理で税金を繰り延べられると分かれば、興味を示さない会社は無い。企業側に税務対策面での合法性を納得させれば契約に近付くことができるのだ。
できれば会社側の税理士が同意した上で役員会に諮り、法人としての意思決定がなされれば一番好い。中には自分の思惑で反対する者もいるから、一瞬の気も抜けない日々が続くのであった。
その間吉村は、個人の客として旅行代理店の女性アドバイザーとスイス旅行の日程を打ち合わせていた。当初、十月にでもと考えていた結婚式を、旅行に合わせて九月初めに繰り上げた。
予算は限られていたので、久美と相談のすえツアーの一員として参加することにした。
足早に訪れる秋を前に、シーズン最後のツアー日程に組み入れてもらった。 新婚旅行として特別のプランを立てることなど考えもしなかったから、すべてはツアー優先で結婚式のほうは付け足しのような扱いになってしまった。
そんなやり繰りが案外アドバイザーに気に入られたのかもしれない。逐一報告が行っていたらしく、旅行代金を納めた翌日、担当の女性アドバイザーを紹介してくれた役員から、唐崎あてにお礼の電話があったとのことだった。
会社契約の細かい疑問点を問う電話のついでではあったが、心象として悪い方向には向かっていないだろうとの感触が得られた瞬間だった。
ほどなく旅行代理店の取締役員会で、郵便局との簡易保険契約が承認された。二百数十名の法人契約がまとまったのだ。
吉村にとっては初の会社契約成立で、細部にわたる書類審査をクリアするために、他のチーム構成員とともに連日個々の契約者のデータ照会に明け暮れた。
神田明神で内輪の式を挙げた。
吉村の母親と兄が上京し、久美の方は父親と中学生の弟が付き添った。
九月の初め、<ふくべ>が所属する飲食店組合の理事に媒酌人を依頼して、総勢六名の神前結婚式が行なわれた。
披露宴は別の機会にとの説明で周囲を納得させた。
厳粛な誓いを交わすのが主体なのだから、吉村は少人数でも充分なコースだとおもっていた。
その後の会食も和気藹々のうちに終わった。翌日にはスイスに旅立つため、あわただしい日程が組まれていた。
それぞれの家族と別れ、その夜は空港に近いホテルに泊まった。二人きりになれたことで気持ちが楽になっていた。
「久美さん、きれいだったよ」
吉村はその日の進行を思い浮かべて新妻を労った。
花嫁衣裳を身につけた久美は緊張のなかにも輝いていた。もとより着物姿の似合う久美であったから当然といえば当然だったが、化粧の下からにじみ出る内面の喜びが目やその周辺で光を放っていた。
それに比べて、吉村は自分の紋付姿が気になっていた。着付けのプロが時間をかけて整えてくれたのだから不満をいう立場ではないのだが、袴の位置の高さが意識されて式の間中落ち着かない気分に囚われていた。
「もっと腰を落とすようにアドバイスされたんスけど、気が上にあがっちゃって。写真が出来上がってくるのが怖いっスよ」
その夜は、遅くまでしゃべりあっていた。
ふたりとも興奮してなかなか寝付かれなかった。別々のベッドで疲れを癒した。吉村ははじめのうち窓から見える夜景を楽しんでいたが、やがて立っていってカーテンを閉めた。
翌日、羽田から関西空港へ飛んだ。そこでツアー客が集合し、中継地である香港まで初めて海外への空の旅を経験した。機内食は楽しめたが、引き換えのように着陸時の恐怖も味わった。
香港からはKLMオランダ航空でチューリッヒに向けて飛び立った。座席はおもいのほか窮屈だった。長い足を縮めて持参のスリッパを突っかけた。
食事のとき以外は、あまりやることが無かった。イヤホーンを借りてはみたが、先の日程を考えるとひとまず休養を取っておきたかった。
アイマスクをしてひたすら眠りを求めたが、通路を行き交う乗客や客室乗務員の気配に邪魔されて、おもうような睡眠は得られなかった。
どれほど経ったころか、ヒマラヤ山脈の上空を通過中とのアナウンスが流れ、吉村はリクライニングシートを起こした。アイマスクを外すと、久美が前方の大型スクリーンに見入っていた。
「すごい山ひだが広がってるわ」
久美が耳元で囁いた。「・・・・香港では怖かったけれど、今はなんだか不思議な静けさを感じるの」
画面はおそらく五、六千メートル級の山脈を映し出しているのだろう。リアルな画像ではないのかもしれないが、ヒマラヤの山々のさらに上空を飛ぶ飛行機の航跡に従って動いていく地形の変化が、吉村をも神妙な気持ちにさせていた。
それにしても、香港は怖かったと吉村もおもう。市街地のビルの窓すれすれに着陸態勢に入った機が、滑走路を目前にして再び高度を上げ、旋回しながら着陸のやり直しを図ったからだ。
あの時の緊張とはまったく異なる宇宙感覚のようなものが、目の前の画面を覆っている。
大げさにいえば、すべてを神に委ねてしまったような安堵の気持ちが、こころを平静にしているのだ。
吉村は久美の手を取って、同じ思いを通わせた。
「だいじょうぶよ・・・・」
久美が吉村のほうに頭を寄せ、声をひそめて言った。
安心したのか、彼はいつの間にか眠っていたようだ。周囲のざわめきで、空港に着陸したことを知った。
「ヒェーッ、曝睡してたのかなあ」
「疲れてたのよ。式の準備のことから旅行のことまで、何から何までだもの」
「だって、久美さんは・・・・」
「機内放送で分かったけど、起こさなかったの」
ここでの着陸はよほどスムーズだったのだろう。衝撃も無くすでに誘導路に向かってゆっくりと走行していた。
飛行機の窓から見えるターミナルのひときわ高い位置に、Zurich(チューリッヒ)の文字が淡い影を帯びて掲げられていた。
一瞬、早朝の速達勤務で局舎を仰ぎ見た時の寒々した気持ちを思い出していた。寝起きの不機嫌さに似たものが建物のたたずまいから感じられる。
観光客の意気込みをはぐらかすような、冷徹な金融都市のイメージが吉村の意識下にあったからかもしれないのだが・・・・。
女性添乗員の指示に従って、旅はほぼ予定通りに進んだ。
あらかじめ渡された日程表とにらめっこをしながら、久美とふたり相談できるのは心強かった。
空港から氷河特急の乗車駅サンモリッツにバスで向かう途中、リヒテンシュタイン公国に立ち寄り切手を買った。
昼食はハイジの丘に近いレストランで、パンと野菜と肉のささやかな料理を出された。バターやチーズはうまかったが、総じて美食に慣れたツアー客はこんなものかと諦めた顔をしていた。
サンモリッツ駅で憧れの氷河特急に乗った。ドイツ語、フランス語、英語、それに日本語、韓国語などの案内放送が流された。これらの言語圏の観光客がいかに多いかの証明だったろう。
8泊10日間の旅は、瞬く間に過ぎた。訪れた都市や地名は一度は耳にしたことのある知名の場所が多かった。
アンデルマット、ブリーク、ツェルマット、ゴルナーグラート、ジュネーブ、ローザンヌ、インターラーケン、ルツェルンなど、数え上げれば十指にあまる。
山岳の景観が自慢のホテルから、湖や建造物が売り物の宿泊地まで、夢のような時間が流れていった。
それぞれの都市や沿線の風景が見せる顔つきの違いが、通過していく旅人にはたまらない喜びをもたらす。
抜けるような空と柔らかいみどり、使い古された表現がこの地ではそのまま生きている。澄み切った空気があるから言葉も再生するのだろうと、吉村はこころでうなずきながら久美の表情をときどき確かめた。
久美は疲れも見せず輝いていた。明るい光を受けながら、スイスの色に染まっていた。
輝くといっても熱を帯びるのではない。この国が内に秘める青色発光ダイオードのような仕組みが、久美の表情に反映しているのだ。
吉村は、披露宴の代わりにスイス旅行を選んだ決断を誇らしくおもった。賛成してくれた久美にも、感謝と信頼の気持ちをさらに強くしていた。
日本の空港に帰りついたのち、すぐにもまた訪れたいと思わせる国がスイスだった。人との触れ合いの印象は薄いが、この駆け足の旅では無理もない。
そもそも、初めから求めるものが違うような気がする。スイスの自然はそれだけで確実に旅行者を魅了するのだ。
なかでも二度にわたる山岳ハイキングは、吉村の目や耳に至福の時をもたらしてくれた。大げさに言えば五感すべてに生きている喜びを伝えてきたのだ。
メンリッフェンからクライネシャイデックまで、アイガーやメンヒを正面に眺めながら歩いたハイキングも素晴らしかった。
ナデシコやリンドウに似た花を見つめ、岩場にエーデルワイスを探す。
草原に向かって目を凝らし、野生のヤギやマーモットの動きを視野の端に捉える。整備されたトレイルを無心にたどって行くと、やがて霧の中で放牧の牛がカランカランとカウベルを鳴らしながら標識脇にたたずんでいるのに出会う。クライネシャイデック駅が近いことを教えてくれたのだった。
登山電車でユングフラウヨッホまで行き、峻険な山々に見惚れた。山のわき腹をえぐった難工事も実感することができた。
だが、山は歩くのがいい。自分の足で登るのが一番好い。楽しい山歩きを体験したことで、急に山男の血がざわつきはじめていた。
一方、宿泊地ツェルマットを拠点にゴルナーグラートまで鉄道で行き、展望台からマッターホルンやモンテローザ、ゴルナー氷河などを眺めたあと、途中駅のローテンボーデンからリッフェルアルプまで下った二時間余のハイキングは、ツアー中最も満足のいく企画であった。
観光の定番コースで、吉村たちの同行者も含め日本人ツアー客が数人散見されたが、やがて草原にちらばってアルプスヤギほどにも目立たなくなった。
快晴の空の下リッフェル湖に映る逆さマッターホルンを目にすることもできて、久美も来た甲斐があったと大喜びした。
休憩のために用意された山小屋風レストランのテラスでコーヒーを注文し、ミルクをたっぷりと入れて味わった。
(うまい!)
身体が判定し、言葉となって漏れた。
「おいしい・・・・」
久美も感嘆の声をあげた。
日本のコーヒーも悪くはない。久美とふたり明治座裏の喫茶店で飲んだモカブレンドも、そのときどきに美味いと感じた。
だが、青も緑色も格別の透明感をもつ大自然の中で、マッターホルンを間近に見ながら味わったまろやかな風味は、その場を立ち去りがたく感じさせるほど脳髄にしみた。
自分たちが色鮮やかな椅子やパラソルと同化してしまったかのようなテラスの見晴らしの中で、いつまでも放心していたかった。
仕事に復帰して一週間、吉村はあわただしい日々を送っていた。
<ふくべ>から徒歩十分ほどの場所に借りたマンションに、休日を利用して久美の荷物を運び入れた。
自分の物は大して嵩張らない。物を溜め込むたちではないから、旅行出発前に運び込んでおいた。
寝具と登山用具が一番場所をとる程度で、あとは衣類と本が少々、使い古した自炊道具は燃えないごみの収集日に始末しておいた。
新たな生活用具は、ふたりで合羽橋まで買いに行った。部屋のカーテンをはじめ新婚家庭にふさわしいコーディネートはすべて久美に任せた。
久美の整理ダンスの上に、赤い布をかぶせてスイスから買って帰った絵皿を飾った。ホルダーに抱えられてマッターホルンの雄姿が立ち上がっていた。
その左右に、角笛とカウベルが置かれている。絵皿は久美と吉村の合意で買ったもの、角笛は吉村、カウベルは久美のつよい思い入れがあって購めたものだった。
「ツェルマットへ降りてきたとき、街中の道を後ろからヤギさんとウシさんが追い抜いていったでしょう。あの時のカウベルと鈴の音、わたしたちを祝福してくれているんだと思ってウルウルしちゃたの・・・・」
久美はタンスの上のカウベルを手にとって、ときおり振ってみたりした。
ガソリン車を乗り入れ禁止にしたツェルマットでは、電気自動車や馬車を使って駅からホテルまで荷物の運搬をしていた。
放牧から戻ってきたヤギとウシが通ったあとは、再び観光客の流れを裂いて何台もの馬車が音楽とともに行き交っていた。
吉村が買った角笛は、あのとき見かけた白と黒の精悍な肢体を持ったヤギのものだろうと信じ込んでいる。
ハイキングの途中で見かけた野生のシュタインボックは、一メートルにもなる巨大な角を持っているというから、どうしてもイメージに合わないのだ。
白黒に染め分けられた種類のヤギが、どんな目的で飼育されているのか判然としないまま今日に至っている。ただ、街中で金髪の幼い少女の笑顔を導き出していた清潔さ愛らしさが、目前の角笛の印象と重なって吉村の執着を呼ぶのだった。
ともあれ吉村と久美の結婚生活は、旅の思い出とともにスタートした。
この先息苦しくなったときでも、アルプを渡る風を感じることで狭まる胸を広げることができるのではないかとおもった。
新婚祝いにと手当ての割合を増やしてくれた唐崎には、スイス土産にロンジン社製の腕時計を買ってきた。
唐崎も喜んでくれたし、吉村も彼の思いがけない配慮に感謝していた。
そんなこともあって、唐崎に同行しての会社訪問も順調にいっていた。
一部の先輩には『唐崎の鞄持ち』と陰口を叩かれていたが、そのように思われるのは仕方のないことだと承知している。
保険課に転勤してきてからわずか半年の経験で会社契約に成功した幸運は、許しがたい出来事として憎しみにもつながりかねない事例だったのである。
なるべく目立たないようにしていた吉村だが、ひとつの成功が次の成功を呼んだ。唐崎を別格としても、かなり上位の成績が表示されるようになった。
吉村の胸中には、契約後の事務処理を一手に引き受けているという自負があり、単なる鞄持ちではないとの反発がある。
一年も勉強すれば、見積もりから税務処理の真似事まで、そつなくこなせそうな自信がついてきていた。
最近の吉村について、唐崎から損得の見極めがつくようになってきたとの指摘があった。彼にとってはあまり嬉しくない言葉だったが、簡易保険を直接生活にかかわる仕事として認識するようになってから、利に敏い一面が頭を擡げてきたのかもしれないと納得した。
「それでいいのよ。有力企業の偉いさんはみんなプライドが高いから、最初は厳しく攻めてくるんだ。だが、そこでぺこぺこしたら馬鹿にされるだけ、一巻の終わりだな。だから頭を低くはしても堂々と受けるんじゃ。受けて受けて受けつぶすんじゃい」
唐崎は息をついて、唇を拭った。「・・・・ほれ、キミが蜂谷を負かしたときの呼吸だよ。そのときの様子を聞いて、絶対にわしのところにひっぱろうと決意したのよ」
再び将棋の場面に立ち戻っていた。
見込まれたものだと苦笑をもらした吉村に、唐崎がキッと眼を上げた。
「しかし、最後の決め手は勝たないことだよ。こっちが勝っちゃダメなんだ。勝負が決まる寸前に、相手に腹を見せることじゃ。腹といってもハラじゃないよ。動物がよくやるだろう? あれだよ・・・・」
そろそろ天狗になりかける時期を見計らって、一発咬ましておこうという雰囲気も感じられた。
「わかりました」
吉村が神妙に答えた。
「これから、いろいろあるよ。蜂谷のような奴が、勝負をひっくり返そうと狙っているからな」
なんとも意味深なことばが唐崎の口から発せられた。
(第十五話)
(2007/05/02より再掲)
自分も香港は、2回行った事があります。
空港への着陸は、世界でも難しい空港だいいますね。
マッターホルン、絶景なのでしょうね。
雪のマッターホルン、見てみたいです。
香港へ行かれたんですね。
観光地の人気はトップクラスでしょう。
ぼくは降りたことがなく乗り継ぎだけだったのですが、着陸の際やり直すのでヒヤヒヤしました。
スイスは夏に行きましたが冬のマッターホルンは絶景でしょうね。
全てが良い方向に流れていてホッとしました。
ユングフラウヨッホ行きの登山電車の場面では、家族全員で行ったスイス旅行を思い出して懐かしかったです。
この先も小さな起伏はありますが概ねいい方向へ向かうと思います。
ご家族全員でのスイス旅行とは豪勢ですね。
家族思いの更家さんらしくて温かな気持ちになりました。