元日の夜、マタギの治平は夢を見た。
いつもより一杯余計に飲んだ焼酎が、早めの眠りと早めの目覚めをもたらしたものだから、滅多に覚えていない夢の残影を思い出すことができたのだった。
治平の住む集落には、あまり人目に触れたことのない神社がある。そこに祀られているのは、二本の大きな牙(キバ)である。いわば御神体と目されるこの牙は、どの時代に、誰によって納められたのか、添えられた書付けによって明らかにされていた。
ともすれば、曖昧模糊とした言い伝えで神格を高めようとする行きかたと異なり、即物的な役割に徹した土着信仰ということができた。
それだけに、村人の規律は厳しく守られた。この地の慣わしとして、正月直前に小さなお堂の周辺を掃き清め、安置された牙の健在を確かめる儀式が静かに執り行われる。
初夢に牙が出てきたのは、扉を開いて黄ばんだキバを拭ったときのずっしりした手ごたえを、治平の目と腕が覚えていたせいかもしれなかった。
夢の中の牙は、月明かりを浴びてしゃべりあっていた。
「あの時は、おれたちも大変だったのだ」
二本のキバは、同じ獣のものだから、声を合わせるように唱和する。「・・・・筍や葛の根っこで命を繋いでいたのに、人間どもはちっとも分かってくれなかった。四方から追い立てられて、谷をめがけて駆け下ったところをズドンとやられた。卑怯な待ち伏せは、いまでも腹が立つ」
治平は夢の中で、キバの言い分にあやうく肯くところだった。
群馬と新潟の県境には、険しい山がある。その岩肌を隠すように、鬱蒼とした森林が広がっている。針葉樹が主力の暗い森である。
群馬側に少し下ったところに湖があり、その湖を囲んで幾筋もの山襞が人里の方に伸びていた。標高が下がるにつれて、ナラやクヌギなどの広葉樹が目立つようになっていく。
森が蓄えた水は、沢伝いに集まって小さな川となり、岩を削ってしだいに深い渓谷を形造っていった。岩石に含まれる鉱物が溶け出し、川の水をいつも青く染めていた。
魚は棲めず、わずかな平坦地を探して飛び地のような集落をつくった住民たちは、痩せた土地と山中の獣を相手に生活するしかなかった。
この地に最初に住み着いたのは、獣を追って山中に入り込んだマタギだったのではないか。
営々と受け継がれてきた獣獲りの技術が、現在も少数の村人によって守られている。
鉄砲撃ちの治平も、その一人であり、それだからこそ夢を見る仕儀になったのだ。
治平の夢に現れたイノシシの牙は、二尺に近い長さがあった。彼がこれまでに一度も目にしたことのない、大猪の持ち物であることは明らかであった。
村には、言い伝えが残されている。
それに拠れば、昭和の初めごろ、関東・東北で天候不順からしばしば飢饉に見舞われたことに関係しているようだった。
その年の飢饉は、里だけの話ではなかった。山の実りも薄く、クマもサルもカモシカも餌を求めて川筋まで降りてくることが多くなっていた。
村人は、荒地につよいキビやトウモロコシ、ジャガイモなどを作っていたが、つぎつぎとやって来る獣に収穫を根こそぎ奪われた。
とくに、イノシシの暴れようは目に余った。好い値で売れると皮算用していた栽培種の山芋まで、ラッパのような鼻と牙で掘り返して食い尽くしていったのだ。
マタギたちが、ワルサをする獣を仕留めて、作物被害の減少と食料確保の一石二鳥を狙うのは当然のことだった。
村役場を通して出された狩猟許可願いが認められ、イノシシに限って三十頭の捕獲命令が下達された。
村人の一部も勢子となって協力し、獲物の肉を分け与えられた。獣皮はマタギの取り分、牙は山の神に捧げられて御神体となった。
「おれがやられたお陰で、統率がとれなくなった」
二本のキバが頷きあった。「・・・・後のことは、ごらんの通りよ。飢饉で死人は出なかったが、祟りで人間が死んだろうが」
治平は、そこで目が覚めた。
(後のことは、ごらんの通り・・・・)と、あざけるように目混ぜした牙たちのしぐさが気になった。
この年の梅雨は、長く降り続いた。
七月の半ばを過ぎても、雨脚が弱まる気配は見えなかった。
近畿や北陸など、日本各地で集中豪雨が伝えられ、山一つ向こうの新潟でも崖崩れの被害が報告されていた。
日照不足にたたられ、去年に続いて収穫は見込み薄だった。猪どもは作物の苗まで引き倒して山に逃げ戻っていた。治平は今年すでに三頭のイノシシを仕留めていたが、頻繁に現れる粗暴軍団の姿を求めて、雨の山中をさまよっていた。
けものみちを辿っていた治平は、ふと山肌の異変に気付いて立ち止まった。あちこちに大鍋ほどの穴が穿たれ、捲れあがった下草の根を洗うようにして、雨水が溢れていた。
繰り返し同じ溝を流れ落ちることで、雨水は泥をえぐっていた。草の繁茂に隠されてはいるが、数え切れないほどのひび割れが、山の表皮を覆っているに違いなかった。
治平は嫌な予感に襲われて、山を降りようとした。
最近ではあまり使われなくなった林道に出てみると、道の片側にたくさんの落石が転がり落ちていた。
大きさはさまざまである。拳大のものから漬物石ほどのものまで、斜面を滑り落ちてきて林道に着地したのだ。
治平の経験でも、これほどおびただしい落石は見たことがない。
(なぜだろう?)
以前、親から聞いた言い伝えが突然脳裏に甦った。
「飢饉の翌年は、山崩れに気をつけろ」
この岩山の下には、十数戸の人家と寺がある。確信こそないが、危険が差し迫っているような恐怖に襲われて、駐在所に駆け込んだ。
村の防災放送が流れたのは、午後四時だった。役場の屋上に設えられたスピーカーが、木魂をかいくぐって、繰り返し危険地区の住民に非難を呼びかけた。
夜九時、山が割れた。
樹木を載せたまま、雪崩のように地表の土砂が滑った。ゴーッという音とともに寺の背後から山が被さり、寺もその下の人家も呑み込まれた。
後から分かったことだが、山肌に穿たれた穴は、イノシシが蔓の根を探して掘り散らかした狼藉の痕だという。
葛に限らず、あらゆる地下茎を探ってキバを振るったのだ。根曲がり竹でも茸の類でもいい。ときには地表近くに迷い出た自然薯まで嗅ぎ当てて、穴を掘っていたのだ。
穴を掘ると、石が浮く。
浮いた石が雨で流され、斜面を転がる。
長雨を吸った表土は、ぐずぐずに溶け、やがて堪えきれずに樹木ごと滑る。重力との折り合いがつくまで流れ落ち、これが本音だといわんばかりに赤土を露わにする。
哀れだったのは、死者を弔うべき寺の住職が寺ごと土砂に呑み込まれたことだ。死者三名は、となりの町からやってきた同じ宗派の僧によって供養された。
イノシシの掘り跡を、どう解釈するか。
治平のように、この災害を前年の飢饉に関連付けて考える者は少ないかもしれない。
(完)
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稀なるマタギの登場で、こりゃどうなることかと息を詰めて読ませてもらいました。
結局、自然の摂理と猛威がひそやかに謳いあげられているように読めました。しかも、文学的な香りを濃厚に漂わせながら。
今年の干支と合わせたわけではないでしょうが、イノシシの牙同士が語り合うなんて絶品。
一字一句研ぎ澄まされた著者の次作にも期待 !