どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

ポエム201 『ネズミは記憶を駆けめぐる』

2018-06-24 00:38:00 | ポエム

 

     シャボン玉で遊ぶネズミ

   画像は「カナダ・モントリオール出身の写真家ダイアナ・オズダマーさん」

 

 

 

 

  疎開して住まわせてもらった家には

  天井がなかった

  藁屋根を支える竹と縄ひもが

  眠りにつく前のぼくの風景だった

 

  安心して夢を見ることができる

  焼夷弾の恐怖から逃れられる

  機銃掃射で死にかけた兄の話も遠くなる

  「そろそろ寝るぞ」父の声とともに灯りが消える

 

  ネズミの運動会が始まったのはいつだったろう

  終戦後10年も経ってやっと自前の家を持てた

  天井があるからネズミも住み着くことができる

  灯りが消えると夜通し駆けっこだ

 

  猫のタマを夜番にやとったが

  ぼくの布団の上でいつもスヤスヤ

  「タマは役立たずだなあ」と父がからかうと

  翌朝トトサマ捕りましたと下駄の上にネズミの死骸

 

  父は稲わらでちょこちょこと払ってお出かけ

  「まるでおとぎ話みたいだが、怒ったんだろうな」

  タマは素知らぬ顔で目を細める

  ぼくが残したごはんに味噌汁をぶっかけて朝飯だ

 

  貧しかったが楽しかった

  タマが捕って来たネズミはピクリともしなかったが

  世の中には元気のいい仲間もいるんだな

  トムとジェリーはぼくの最高のトモダチになった

 

  おとなになって大森光章という作家と知り合った

  ネズミの一家が登場する『漂泊家族』は

  さまざまの困難に遭遇しながらも

  力を合わせて生き抜く印象深い作品だった

 

  実生活では禅僧のように無欲だった大森さん

  自分が窮地に陥るのを覚悟で

  他人に物心両面でのサポートを続けていた

  はにかんだような微笑を絶やすことなく・・・・

 

  幼いころ寺で育ったと聞いている

  僧籍を得たのも多分その頃のことだろう

  だからといってあの慈悲深さは類を見ない

  作家の印象を根底からひっくり返す無言の唱道者だ

 

  一匹のネズミが記憶の果てまで駆けめぐる

  なんと可愛いパフォーマーなんだろう

  猫をからかい人間を神妙にする

  キョトンととぼけた目できょうも記憶を齧るのだ

  

  

  

  

 

  

 

 <芥川賞候補作家=大森光章の主な作品> 「シャクシャイン戦記」「たそがれの挽歌」「続たそがれの挽歌」「このはずくの旅路--ある開拓僧の生涯」「星の岬」など

 

 

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4 コメント

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華からネズミへ!!! (知恵熱。おやじ)
2018-06-24 19:06:13
いつもは花だったのに、珍しくネズミ!
意表を突かれて何だか新鮮でした。

大森さんという方にお会いしたことはありませんが、芥川賞の候補になったりもした名文家であったことは、無名ながら独自の文章世界を持つ10人以上もの作家を丹念に描いたその単行本で知りました。
世間的には無名に近い一人ひとりを恐ろしいほどの熱量で描き切った、自分では会ったこともない大森さんという文章家の力技に度肝を抜かれた覚えがあります。

ネズミの連想から疎開の思い出を引き出し、大森さんという作家の無私の魂にまで繋いでいく・・・窪庭さんの力技に仰天。

凄いなあー。
そして詩の回想の飛躍力も大いに楽しませていただきました。

返信する
ありがとう、そして大森さんのこと (tadaox)
2018-06-25 10:19:26
(知恵熱おやじ)様、おはようございます。
過分なお褒めを頂きありがとうございました。

大森さんのことは、ずっと心に残っていたのですが、
亡くなられてもう10年ぐらいになるのかな、ネズミに思い出を引き出されて詩に登場していただきました。
競走馬を描いた「名門」ほか3度ほど芥川賞候補に推されましたが、不運な結果になってしまいました。
私はその何年もあとに同人誌で知り合うことになりました。

知恵熱おやじ様がお読みになったのは、たぶん晩年にまとめた『たそがれの挽歌』ではないかと思うのですが、ここに取り上げた10名ほどの無名作家について、おっしゃるとおり大変な情熱を持って描いたことが覗えます。
対象の如何にかかわらず、丹念な取材と洞察力が見えてきます。
出版当時も話題になりましたが、いまでも名著として評価されていることに嬉しさを感じます。

長くなりましたが、御礼まで。

返信する
たしか続編も・・・ (知恵熱おやじ)
2018-06-25 17:07:27
そうそうたしかに『たそがれの挽歌』でしたね。

好評だったのでしょう。続編もお出しになって、そちらも読ませていただきましたが、さらにマイナーな作家への愛情を注いでおられて、読むものに伝わって来るものが尋常ではありませんでしたね。

大森さんは本当に文章がお好きだったのでしょう。
返信する
芥川賞選考の運不運 (tadaox)
2018-06-26 23:48:36
続編も面白かったですね。
文章もうまかったし、後輩の小説にも丁寧なアドバイスを惜しまなかったです。

今回あらためて「名門」の選評を読み返しましたが、2,3の選者がかなり強く推していたのに、決定打にならなかったのが残念です。
芥川賞選考は、つくづく時の運というものを感じさせるイベントだと思いました。
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