私を誹謗する一通の手紙が届けられたのは、庭の連翹がひときわ輝いた春の一日でした。
女子事務員が渡してくれた依頼の原稿や寄贈雑誌などの郵便物の中に、その稚拙な上書きの封書が混じっておりました。
どうせ名もない結社の案内だろうと無造作に封を切ってみますと、市販の便箋の第一行に「木戸野風の子供より」と題して、奇想天外なことが書いてありました。
細かな字で六枚にもわたりびっしりと書き連ねた内容は、要約すると次のようなものでした。
<・・・・ぼくは、現在ある温泉ホテルの従業員として働いています。母も別の旅館の仲居として働いています。
ぼくは、母一人、子一人で、可愛がられて育てられました。
辛いことや悲しいこともないではありませんでしたが、親子水入らずの生活に満足していましたし、まわりの姐さん方も何かとかばってくれました。
幼いころはそれでもよかったのですが、小学四年生の時ぼくは友だちと喧嘩して相手の父親にこっぴどく殴られたことがありました。
しかもそれだけでなく、「この白っ首のガキが!」と身のすくむような声で罵倒されたのです。
以来、ぼくは父親が居ないことで母がどれだけ侮辱されたかを考え、その時の悔しさを高校を出るまで一刻も忘れませんでした。
父親ってどんな人だろう。
ぼくの父は、いったいどこにいるのだろう?
何度、母に問いかけようとしたかわかりません。
でも、そのたびに、ぼくは出かかった言葉をのみ込んだのでした。
ぼくはホテルに就職し、母も支配人にお礼を言いたいというので二人揃って挨拶に伺ったことがありました。
その時ふたり並んで支配人を待つ間に、部屋に掛けられた大町桂月の色紙を指さして、「あなたのお父さんも、俳句をやる人だったのよ」と初めて明かしてくれたのでした。
木戸野風。・・・・その人がぼくの父だったのです。
母はこの世界の掟を守って、その人に連絡をつけるといったことはしませんでした。
でも、街の本屋から俳句の雑誌を取り寄せ、父の活躍をいつも見守っていたようです。
ところが、二月に入って間もなく、母が「大変なことになった」と顔色を変えて雑誌を突き出しました。
見れば昨年暮れに木戸野風が急逝したとのこと、かなりのスペースを割いて追悼文が並んでいました。
ぼくは、そのとき声も出ませんでした。ショックが大き過ぎたのです。
これで、父と対面するチャンスは永久に失われました。
なぜ、すぐに会いに行かなかったのか、自分を責める声が幾日もつづきました。
しかし、逢えないとなれば、今度はその形見にでも触れたい。
ぼくは、数日間の休暇を願い出て、あなたに会うべく上京したのです。
ところが、あらかじめ情報を得ようとして立ち寄った俳句雑誌の出版元で、いま木戸野風をめぐって流れている厭な噂を耳にしたのです。
敢えてお尋ねします。あなたが野風を殺したというのはほんとうですか。
何年もかけて、野風を弱らせたというのは本当ですか。
いま直接あなたと対決し、問いただす力はぼくにはありません。
でも、父を喪った子供の叫びは、いつまでもあなたの中で割れ鐘のように鳴りつづけるに違いありません。>
たちの悪い嫌がらせでした。
いかにも在りそうな出来事を並べていますが、でっち上げの持つ軽薄さが行間に滲み出ています。
(ばかばかしい、野風が一夜の女など相手にするものか)
それに短歌や詩篇の色紙ならともかく、大町桂月があまり得意でもない俳句など滅多に揮毫するものか。
大嘘つきと憤りつつ、怒ることで相手の術中に嵌まりかけていることに気づき、心を少し落ち着けようと立ち止まりました。
それにしましても、これほどまでに妬みを露わにするのは誰なのでしょう。
私は『石心』に関係する一人ひとりを思い浮かべ、いつか必ず突き止めてやろうと決意を新たにするのでした。
「なんということだ・・・・」
私は読み終わった手紙を、辟易とした気持ちで机に置きました。
十六歳で東京に出てきて、印刷業を手伝ったあと野風の運転手兼内弟子として仕えた十数年は、匿名男の卑劣な想像とは異なり、主人への誠意と己に対する内省的な時間の積み重ねだったのです。
野風は心から俳句が好きでした。
俳句は精神そのものだ、創りだす人の器量を映して、大きさも深さもさまざまだと言っておりました。
虚子に魅かれて入った俳句の道ですが、最後は芭蕉に到達したようです。
『幻住庵記』が特に好きで、「先づ頼む椎の木もあり夏木立」「頓て死ぬけしきは見えず蝉の声」の二句を示して、どうだ好いだろうと同意を求める一方、初出に近いと云われる文章のみずみずしさをしきりに称賛していました。
私も後にこれを読む機会があり、野風の感銘の度合いが分かる気がしました。
中でも「谷に冷水ありて、岩の間より流れ出づる。其のかみ、もし此の水に契りて神の御影やうつし初めけん。極熱の日照りにも絶ゆることなし」の一節を見出し、もしかしたら野風も、湧き水や川の流れに神の姿を見ようとしていたのではないかなどと、しみじみと思い遣ったこともありました。
私はかねがね、人の心というものは水に似ているのではないかと考えておりました。
何か測り知れない性質を持っていて、人を魅了もし、悪戯もするのではないか・・・・。
野風が水を好み、憑かれていったのは、彼の精神がことのほか水に近かったせいだろうと想像するのです。
私の方は、野風ほど水に近づいていけるはずもなく、最後の頃はただうろうろと身の回りの世話をするだけでしたが、多少なりとも面白い世界を見せてもらったと思っています。
「なるほど、そんなふうに見ることもできるのか」
荒唐無稽と嗤ったはずの手紙に、もう一度思いが戻りました。
何がどうしたのか考えるのも面倒なのですが、手紙の中の噂とやらが暗示する毒物があるかないか検証できるかもしれない骨灰を、ひと摘みも残さず庄川に撒いてしまった皮肉な結果に気づき、腹の底からの哄笑が沸きおこってきました。
「悪かったね、野風の子供さん」
笑いきった後に、妙な気味悪さが戻ってまいりました。
(つづく)
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