どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

ポエム(280) 『滑落の予兆』

2021-01-12 10:13:09 | ポエム
職場の4階の窓から
首都高のインターチェンジが見える
郊外から吸い寄せられたクルマを
立体交差で振り分けるランプだ

その無機質な建造物を見ながら
ぼくたちの朝礼は白々しく始まる
課長の面白くもない話は
どれも印刷された服務規律の焼き直し

上の空で通過するクルマを追う
視界の下部で伝令の侵入が見える
総務課の職員が急な情報をたずさえ
いま課長に耳打ちしたところだ

首を傾けて聞いていた課長が
一つうなずいて朝礼に戻った
本日無断欠勤していたY君が
奥穂高で滑落死体で発見された

家族からの連絡が昨夜だったので
会社からもこれから身元確認に向かう
M君が山仲間らしいので
急遽松本まで行ってもらうことにした

部下を見回した課長の不機嫌そうな顔
動揺も同情もない目に氷のかけら
仕事の手順を狂わせるものは
不慮の事故さえ容認しがたいのだ

Y君はいつもニコニコしていた
ぼくが昼休みに将棋を指していると
早朝の澄んだ空気をまとったまま
ぼくとM君の横で見おろしていた

きっとM君と山の話がしたいのだ
だけどぼくとの将棋が終わるまで
話しかけることもなく待っている
M君から声がかかると嬉しそうだった

Y君の家は母子家庭だと聞いている
母親は今も働いているらしいが
彼は給料の一部を積み立てて
郊外の家を手に入れる夢を持っていた

早くいっしょに住めればいいね
儀礼的にかけられる言葉にも
Y君はニコニコと笑顔を返した
信州の桃の花のような瞳が印象的だった

ただ一つ悩みを聞いたことがある
昼と夜の変則ローテーション勤務のせいで
うまく休みが取れないと嘆いていた
彼は勤務明けの土曜日に山を目指したらしい

250ccのバイクがY君の味方だ
撫でるように整備する姿を見たことがある
彼は愛車を駆って土曜日の明け方に出発した
釜トンネルに一番近いバス停にバイクはあった

Y君は焦っていたのかもしれない
滑落した痩せ尾根が見える場所に花束を捧げ
松本警察署で遺体と面会してきたM君が言った
彼は百名山の登頂記録にこだわっていたという

Y君は先輩のM君に一座でも近づこうと
限られた日程で毎週のように行動していた
当然だが仕事と移動の疲れもあったに違いない
待ち構える浮石の罠は想像もしなかっただろう

職場の4階の広いフロアからは
幾つもの連続する窓いっぱいに首都高が見える
静脈のように太く絡んだ立体交差の道路が
Y君を運んだ日の無機質さでこちらを見ている










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8 コメント

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憧れの場所で (tadaox)
2021-01-26 01:18:03
(ウォーク更家)様、若い時は隙があるのかな?
みな憧れが先で、滑落の危険をあまり考えないのでしょうね。
今回、更家さんが本格的に登山をしていたことを知り、道理で街道歩きでも耐久力があるんだと納得しました。
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滑落して死亡 (ウォーク更家)
2021-01-25 12:26:18
「本日無断欠勤していたY君が奥穂高で滑落死体で発見された」で思い出しました。

入社2年目の夏休みに、一人で奥穂高に登り奥穂高山荘に1泊しました。

翌朝、ジャンダルムまで行ったものの、悪天候のため奥穂高山荘に引き返しました。

夕方、奥穂高山荘の主人から、ジャンダルムから奥穂高山荘へ向かう途中の若い人が、先ほど、雨で足を滑らせ滑落して死亡した、という話を聞いたのを鮮明に思い出しました。
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お母様の嘆き (tadaox)
2021-01-12 15:46:14
(たか)さんは、しっかりしたパートナーがいらっしゃるから、Y君のような超特急登山はなさないでしょう。
彼は体力があったことと、百名山の登頂記録にこだわり焦っていたことが、命取りになったのだと思います。
お母様は取り乱していたと聞きましたが、山仲間のM君を中心にフォローを続けたようです。
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Unknown (tadaox)
2021-01-12 15:27:17
(hide-san)さん、当時も今も後始末の大変さなど考えもしませんでした。
どのように対応したのか、たぶん大変だったと思いますよ。
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そう、立体交差と人間と・・・・ (tadaox)
2021-01-12 15:16:34
(のり)さん、人間は否応なしにこうした人工的な物と交錯しなくてはならないんですね。
Y君はいつもニコニコしていましたが、笑うと瞳が輝き、まるで信州の桃の花のように咲くんです。
分かっていただけて、ほんとに嬉しいです。
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tadaoxさん、こんにちわ (たか)
2021-01-12 15:00:13
同僚の死はさぞお辛かった事でしょう。
同じ山をやる者にとって何とも切ない思いで読ませて頂きました。
残されたお母さまの事を思いますと胸が詰まります。
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つらい (hide-san)
2021-01-12 14:02:19
つらい話ですね。

山の怖さはニュースでしか知りませんが、
後始末も楽ではありません。
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おはようございます(^^♪ (のり)
2021-01-12 11:06:23
「信州の桃の花のような瞳・・・」で、Y君が分かった気分になりました~~ 哀切さと無機質な立体交差の冷たさと今日の寒空と・・・(-_-;)
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