年賀状を処分し始めて、今野祥三は火に焼べる手をはたと止めた。
故人となった親友の賀状をしげしげと眺め、やがてそれを傍らに取り除けた。
いったん選別の基準ができると、取捨はスムーズにいった。
直近の二年分を除いて、あとは基準に従って躊躇なく焚き火に投げ込んだ。
(故人のものなど、取っておいても仕方がないのに・・・・)
故人というより、友人としての思いが勝っていたにちがいない。
焼却を続けながら、祥三は首をかしげた。
生きている時より、死んでからのほうが懐かしく感じられるのはなぜだろう。
やはり、ともに過ごした時間の濃密さに拠るのだろうか。
その点、儀礼的な挨拶に対しては、焚き火に焼べても痛みを感じることがない。
二度と受け取ることのできない故人からの通信という状況が相俟って、友人の年賀状は焼却を免れたに違いなかった。
気が付くと蝉の声が耳鳴りのように響いていた。
祥三が焚き火をする焼却炉を囲むように、周囲の森から降り注いでいた。
狭い庭の上空がぽっかりと抜けている。
セノーテの中から見上げたら、青い空がこんなふうに見えるのかも知れない。
久しぶりに訪れた山小屋で、祥三は人生の一点に焦点を当てられているような思いがした。
深く考えることなく日を送ってきた自分が、なにかの啓示を受けたように神妙になっている。
定年退職から十年あまり、職場の同僚などからの便りは自然に減ってきていた。
それでも、溜まりに溜まった年賀状は年毎に百通近くある。
合わせて千枚以上の紙片を燃やすのだ。
昼から始めて、もうかなりの時間が過ぎている。
真上にあった太陽が、西に回ったようだ。
陽光が森に遮られて空気が変わったらしい。
かぶっている麦わら帽子の鍔が、風を感じて微かに揺れた。
(甲斐さん、あの時はびっくりしましたよ)
祥三は、取り分けた一枚の年賀状を手に取ってつぶやいた。
まだ現役の公社職員であった十五年も前の出来事である。
四谷にある住宅関連の公団オフィス四階に、甲斐が突然現れたのだ。
仕事中だった祥三は、通用口にいた女子職員に呼ばれて何事かと驚きながら駆けつけた。
「あ、今野さんすみません。ちょっと急なお願いがありまして・・・・」
慌てたような口調で訴えかけたのだ。
いくら友人とはいえ、仕事中の職場に現れるのは尋常ではない。
よほど差し迫った事情があるのだろうと身構えているところへ、甲斐の目が異様な迫力で迫ってきたのだ。
どもるような言葉で告げたのは、金銭の借用についてだった。
祥三の給料の半分に当たる金額が、甲斐の口から押し出された。
何があったのと目で問う祥三に、甲斐はサラ金に追われているのだと身を震わせるような仕種で告げた。
一瞬、祥三は誰かの視線を感じて振り返った。
通用口の陰から、来客を教えてくれた女子職員が様子を窺っていたようだ。
即座に姿を消したので顔までは確認できなかったが、目の端に映ったスカートの裾の翻り方で、あの娘だと確信できた。
(聞かれたか?)
サラ金という単語に、祥三の方が慌てていた。
住宅ローンの審査を担当する男に、サラ金に追われる友人がいると知れたらどう思われるか。
職場にまで押しかけるのだから、よほど親密な関係なのだろう・・・・と。
今野祥三を呼び立てた女子職員の日頃の様子から、明日にはいやな噂が流されるかもしれないと怯える気持ちがあった。
「ともかく、いったん一階のロビーに降りて、そこで待っててもらえませんか」
退社時刻の五時になったら、支度をして迎えに行きますからと告げた。
あの日、祥三は社内に設置されているATMで、言われたままの金額を引き出し甲斐に渡した。
サラ金返済の肩代わりだから、その金額が無事に戻るとは思わなかったが、何かの折の証拠にと借用証を書いてもらった。
ブルーのインクで書かれた丸っこい文字は、焼べられるのを免れた年賀状の筆跡と寸分たがわぬものだった。
その時の借用証は、今も祥三の手元に残っている。
甲斐が亡くなった時点で、もう何の効力も持たない書き付けだ。
それでも破棄できないのは何故だろう。
一口では説明できない感情が、複雑に絡み合っていた。
後日、貸金の返済を催促して、その一部は返してもらった。
しかし、甲斐が他の文学仲間にも借金を重ねている事を知って、あとは断念した。
催促をしても甲斐が払える見込みはなかったし、つよく要求するとその後の付き合いがギクシャクするのは目に見えていた。
祥三に余裕があったわけではない。
子供の教育費やら物入りやら、あの金があったら助かるのにな、と不満に感じる場面が何度もあった。
一方、そのぐらいのことを許容できなかったら仲間とは呼べまいと、おおらかに思い直すこともあった。
文学の真髄を甲斐から教わることの多かった祥三は、幾多の有名作家の逸話を思い起こして自らの立場を平準化した。
(これは、甲斐の才能に対する応援なんだ)
自分の経済状態の善し悪しによって友情の度合いも浮沈を繰り返したが、それらはふたりの交際を妨げるところまではいかなかった。
もう一つ、祥三には忘れられない思い出がある。
甲斐が祥三の職場を訪れてから、三年ほど経った頃のことだ。
熱海にある公共保養施設が、正月明けの客数減少対策として連泊割引プランを案内してきた。
四泊以上すると、一日あたりの費用が半分ほどになるのだ。
しかも、簡単な自炊設備が有り、外部からの食材持ち込みも許されていた。
同宿者も事前に申告してあれば、相応の追加料金で一名だけ認められていた。
(よし、甲斐さんを呼ぼう)
日を空けずに試写会や文学仲間との遊興に明け暮れていた男が、このところ鳴りを潜めていると聞いたからだ。
最近、妻子とも別居中という噂があり、無聊を託っているはずと心が動いたのだ。
と同時に、祥三にも熱海での五日間を持て余しそうな予感があった。
二人いれば、熱海の街に降りていって惣菜や食材を探したり、駅前の喫茶店で挽きたてのコーヒーを愉しむこともできる。
上り下りのバスも、海際の名所やスーパーマーケット、病院などに立ち寄る経路が温泉町の風情を感じさせてくれそうだ。
宿泊施設に戻れば、温泉は自由に入れるし、付属の図書室で読みそこねた本を発見できるかもしれない。
そうした計画は、相手が甲斐だからこそ可能になることで、まさに「友人」としての価値ではないか。
祥三は、熱海市観光課や保養所への電話でできる限りの情報を集め、十二月半ばになると甲斐を招待するむねの連絡を入れた。
「おう、行く行く」
甲斐は屈託のない声で承諾した。
おおよそ一ヶ月後、東京駅で甲斐と待ち合わせをし、アクティーで熱海駅に向かった。
天候にも恵まれ、海はキラキラと輝いていた。
まるで栄光の未来へ乗り込んでいくような高揚感があった。
定刻通り熱海駅へ着くと、東京駅までの切符しか買っていない祥三は、改札右側の精算窓口へ向かった。
ふと、甲斐の姿をさがしたが、見当たらない。
七、八人の列が順々に減って、やっと祥三の番になり、千円札を数枚支払った。
(甲斐は大丈夫だろうか)
交通費のことを事前に伝えておかなかった不安が、祥三の頭をよぎった。
改札口に向かいながら、再び駅頭に視線を走らす。
すると、精算チケットを駅員に渡して通り抜ける降車客の背後を、体を斜めにした甲斐が窮屈そうにすり抜けるところだった。
(あっ・・・・)
常に携帯しているリュックサックは、甲斐の背中に見当たらなかった。
ハラハラしながら見守る祥三を尻目に、すり抜けは見咎められなかった。
駅員は手元に差し出される切符類に気を取られて、乗降客の不自然な動きを見逃したらしい。
複雑な気持ちで見守っていると、いつそこへ置いたのか、クローズした二つ目の改札口の外側にリュックサックが放り出してある。
甲斐は降車客の一員となって外に出たあと、迷わずにリュックサックに向かった。
そして、それを背負うと、さりげなく駅舎の端まで進み出た。
祥三は、ほっとすると同時に、見てはいけないものを見てしまった後味の悪さに胸をふさがれた。
保養施設へ向かうバスの停留所は、駅舎を出て左側へ五十メートルほど行ったところにあるはずだった。
祥三が先に立ち、甲斐が後に続いた。
前後を歩きながら、二人とも無言だった。
(甲斐は何を考えているのだろう?)
祥三は、その一点に思いを集中していた。
図らずも不正行為をせざるを得なかった状況を、甲斐は恥じているのだろうか。
祥三は、自分が誘ったことで起こった不快な出来事に、しばらく動揺が収まらなかった。
それでも、バス停の乗車位置に表示された時刻表を確かめるころには、自分の考え方を修正していた。
一連の借金行為と同様、無賃乗車など大したことではないのだ。
人の生に意味があるとすれば、果敢に生き抜こうとする根源的な力ではないのか。
動物の生態を見れば、そのあたりのことは明白だ。
蝉を襲うスズメバチも、ねずみを飲み込む青大将も、鶏を咥えて持ち去るイタチも、それぞれに知恵を働かせているのだ。
人間がつくったルールなど、生きる意味とはまったく関係ない。
ルール通りに生きてきた人間たちのガードラインを、無頼の者が破ったからといって、尊厳を云々するほどのことではないのだ。
少年期を田舎で過ごした経験から、虫も鳥も小動物もズル賢く立ち回らなけれは自らの命をつないでいけないことを知っている。
祥三は、そのあたりをつぶさに見てきていた。
人間から見てのズル賢さは、動物の賢さなのだ。
むしろ畏さと言い換えたほうが、正確かもしれない。
甲斐に対しては、金銭を貸した時点からそのように考えようとしていたではないか。
些細なことに動揺した自分が恥ずかしい。
「甲斐さん、バスはついさっき行ってしまったようですね」
祥三は明るい声で、次の便まで三十分ほど待たなければならないことを告げた。
「せっかくだから、そのへんでビールとつまみを買っていきますか。イカの燻製とか、カワハギとか、今夜はじっくり飲みましょう」
「おう、そうしますか」
口癖のオウという感歎詞を聞いて、祥三は心が軽くなるのを感じた。
甲斐は周囲に迷惑をかけながらも、卑屈になることなく生きていける勁い人間なのだと、あらためて認識しなおした。
ともすれば常識に囚われてしまう祥三にとって、いつも身近にいて学ばせてくれる友達なのだ。
故人となっても、甲斐は大切な人・・・・。
女学生のような感情の軌跡に照れながらも、祥三は青いインクの年賀状を夏草の上に置き直した。
つかの間翳っていた陽光が森に射し込み、再びセミの合唱が始まった。
セミに倣って、中断していた年賀状の焼却作業に戻らなければならない。
このまま一気に完了させてしまわなければ、取捨の基準があやふやになってしまう。
日を置いたら、祥三の時間を形作ってきた大切なパーツが四散し、二度と再現できないような不安に駆られた。
残り三分の一ほどになった年賀状を袋から出し、それが試練のように目を見開いて火の中に焼べていくのだった。
(おわり)
今まで200通ほどあった年賀状が60ほどに減りました。
以来、元日に来なかった賀状には、
翌年から失礼してどんどん減らしました。
とうとう義理年賀状はなくなり、
必要なものが今は30通ほど残っています。
逆に生きていた時は互いに結構濃い付き合いだったのに、いなくなってしまうとほとんど思い出すことも亡くなる人もあって、不思議な気がします。
あれは何なのでしょうね。
この小説の甲斐でいえばどうやら、社会生活をスムーズに送りやすくと人間が作った規範や約束事を軽々と無視できる生き方への遠い憧憬・・・でもあるのでしょうか。
生きている間は迷惑をこうむる危険性もあったけれど、亡くなってしまうと彼の「素」の良さがかえって爽快にさえ見えてきて。
私はそんな風に読めましたが・・・愉しめる短編でした。
「今年で卒業」は、なかなかの妙案ですね。
一気に減ったところをみると、多くの人が同じような思いを抱いていたのでしょう。
率先して行動することが、みんなの幸せにつながったのだと思います。
残った30通には、より通い合うものがあるはず。
どんなドラマが隠れているのか、これからの人生に潤いをもたらしてくれることでしょう。
お立ち寄りいただき、ありがとうございました。
主人公の甲斐のような人は、周囲の人間にとってはなかなか悩ましい存在だと思います。
規範や約束事は、社会を成立させる重要なルールですが、それらに反逆したり、従わなかったりする生き方をどう受け止めるのか、祥三の立ち位置から一つの答えを出してみました。
おっしゃるとおり、甲斐が許されるのは、故人となって彼の「素」の良さが現れてきたからかもしれません。
そのように読んでいただいたこと、大変うれしく思いました。
ありがとうございました。
2年も前に一度読んでいたのに、その時とはちょっと異なる味わいで・・・・
2年という時間が酒を醸すように、小説を醸す力があるのでしょうか?
不思議なこと・・・でもないか。
読むこちらが年を取って、受け止め方が少し変わったということかも。
やっと探し出して、あらためて神妙な気持ちで読み直しました。
思ったことは、やはりこの小説には澱があるんだろうなということでした。
すっきりとシャレた後味の作品には程遠い・・・いつまでたっても瓶の底には浮遊物が。
おやじ様の感じたものに呼応するかどうかわかりませんが・・・・。
言われてみれば「澱」こそが小説の肝であったのか
作者が用心深くあるかなしかの微量作品に含ませた「澱」こそが、小説発酵の秘密だったのかもと気付かせていただきました
だからこそいい小説は刻を超えて何度も初めてのように新鮮な気分で読めるし、時代を超えて読まれるのでしょうね
つい先日も『北の棟』を読み返したばかりでした
この作品には短いけれど、よく見ると複雑な澱が含まれているようです
これからも読み返したくなるような短編小説を書いてください!
だんだん小説を書く根気がなくなってきた気がします。
それでも、たまには満足のいく作品を書きたいと思っています。
今年もいよいよどん詰まり、一年間お世話になりました。