どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

新むかしの詩集(14) 「伝説の風」

2012-01-01 01:10:01 | ポエム
     予兆



     「伝説の風」



  執拗につづく霧の日々

  とざされた時間の裂け目から

  ふと拾った摩周湖のきらめきは硬い

  無明をつらぬき

  散乱する光のかけらへ群がり寄る

  精気の気配が

  風にのって踊っている

  ひととき、木々のためいきが水面を覆うと

  魔性の刺客が天界から一気に駆け下り

  逃げまどう命の群れにとどめをさす

  形象は闇に引きこまれ

  みずうみは再び

  跳梁する幻影の舞台となる



  神は顔を失った

  認識の鏡を奪われ、もはや

  みずからの慈愛に盲いている

  渦巻く闇の奥で

  針状に目覚める生きもの

  切り立つ崖のふち

  クマザサの葉裏

  水際で崩れる腐木の上から投げかける

  不安の息吹を、神は

  掬いあげることができない



  月がのぼる

  鋭利な月がのぼる

  やみから解き放たれた繊細な神経が

  湖面にただよい

  ざわめいている

  ぶつかり、うめき、交尾する静寂

  水に透ける微生物の暗闘

  青磁の空へ

  神と見紛う月を彫りつけた

  悪魔の昂りが

  幻影の底から寒色の含み笑いを漏らす



  おののくものの寄り添うひしめきへ

  風化の岩肌くずれ落ち

  どこまでも沈んでいく月明の幻覚

  木々のいのち枯らし

  つめたさ増す沢水へ

  恐怖に乾く生きものの唇が伸縮し

  凍った息づき山越えて

  灯を守る村々へ

  伝説の風を吹きつける




 *2011年3月11日・東日本大震災被災者を追悼し、2012年の黎明に向かい心から祈念いたします。
 (1967年3月1日発行・第一詩集『誓いの館』より)



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2 コメント

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酔いしれました (知恵熱おやじ)
2012-01-17 16:44:17
湖面を舞台に乱舞するめくるめくイメージの
贅沢さをたっぷり愉しませていただきました。

る言葉もありません。そこに浸るだけで充分。満喫。新年早々にこの詩を読めただけで幸せ。酔いしれました。

詩集『誓いの館』はわが本箱に納まっていますが、こうして時宜を得て改めて目の前に公開していただけたからこそいま読めたわけで・・・

詩にも読み刻があることを教えられました。
返信する
写真も・・・ (知恵熱おやじ)
2012-01-17 16:53:26
書き忘れましたが、添えられた幽かな虹の写真もそこはかとなくよく、「予兆」なるタイトルがまた見事にこの詩への導入部の役目を果たしているように感じました。

冴えていますね、窪庭さん!
返信する

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