球根で育つアヤメ科の仲間フリージア、どうしたことか年々小さくなってみすぼらしくなったが、甘酸っぱいいい香りを放ちながら今年も咲きだした。植えっぱなしにしたり、思い付きで掘り起ししたりして定まらないのがいけないのかもしれない。
そう言えば球根植物の代表格、チュウリップなども毎年のように買い求めるが、数年と持たずいつの間にか消えてしまう。難しいものである。
球根で育つアヤメ科の仲間フリージア、どうしたことか年々小さくなってみすぼらしくなったが、甘酸っぱいいい香りを放ちながら今年も咲きだした。植えっぱなしにしたり、思い付きで掘り起ししたりして定まらないのがいけないのかもしれない。
そう言えば球根植物の代表格、チュウリップなども毎年のように買い求めるが、数年と持たずいつの間にか消えてしまう。難しいものである。
一時、我が家の断捨離候補№1といわれたステレオ、最近のアナログブームの影響で難を逃れそうである。そればかりではない、いつの日か家を建てたらステレオをと、分不相応な高価なものを求めたもので想い出がある。クラッシックの曲は勿論、こども音楽全集など買い求め子たちも愉しんだ。そう簡単には手放せない。
昨日LPレコードを取出し聴いてみた。若い昔に還ったような気分になる。買い求めたレコードこれも思い出があり断捨離出来ない。今アナログへの回帰で高価で売れるそうだが、、、。
「集い」定期総会も無事終わり引き続き役員を仰せつかることとなる。新しいスタッフもお迎えしたので新たな気持ちでスタートしよう。今年は創立40周年という記念すべき年であり、会員の知恵をお借りして意義ある年にして行こう。
様々な人生を歩んできた会員の方々に学ぶことが多い。とりわけ戦前・戦後のあの厳しい時代を生き抜いた世代、語り継ぐべき大きな財産がある。その財産を共有する語り合い大切にしておこう。
シャガ咲く
今日は、わが老人会「kの集い」の定期総会である。一年間の活動を審議する大事な会である。多様な発言を期待したい。
高齢化社会においてますますその役割は大きいものがある。社会活動然り健康増進活動や生甲斐を高める活動など推進しなければならないことが多岐にわたっている。福祉の輪を広げていくように、、。
クンシラン満開!!
願いかなって今日も快晴、雨で痛めつけられていた五葉ツツジは、早くも散り始めたのが残念であるが、心なしか陽光を愉しんでいるようだ。
今年卒寿を迎える兄、元気いっぱいである。トマトの苗がほしいというのでホームセンターに連れて行くことにする。何事も前向きなその姿勢が、健康のためにもいいのかもしれない。また上手に生らせるのである。昨秋蒔いたキヌサヤエンドウ、こちらは野鳥に啄まれ全滅してしまったが、分けてあげた苗を彼は見事に栽培し既に収穫している。見習うべし!
日常的には、どうしても同世代との交流が主になってしまうが、昨夜は久しぶりに若い方との宴、新鮮な空気を味わう。S君の健闘を祈念し散会したが、若い方々との語らいも偶にはいいものである。現職のころは世代間のギャップをそう感じなかったが、それだけ世界が狭くなっているということか。
ぐずついた天候も、今朝はようやく晴れて気持ちがいい。牡丹のつぼみも日に日に大きくなってきた。あと半月も経てば開花するだろう。
五葉ツツジ最も美しく咲く時、雨にたたられご覧のように悲しい姿になってしまった。全くタイミング悪い時期に満開になってしまったものだ。せめて散る前に陽春を光りを謳歌してほしいものである。
さて今日は、現職の頃人事異動で招いた青年が要職に就かれたということでお祝いする会を催すことにした。重責を担う姿を拝見することにしよう。
ランの栽培は難しい。春蘭などは今年もどの鉢も花芽をつけることがなかった。コチョウラン等もたびたび買うが、三年と持たない。ところが、このデンドロビュームだけは孝行娘で、今年も買った時のようにはいかないが、花(一本だけだが)を付けてくれた。
園芸店で買ってから4,5年になるが毎年咲いてくれるのが嬉しい。因みのスプリングドリーム・クミコという名がついた種(?)である。
別名オランダアヤメといわれるダッチアイリスが咲き始める。年々球根が増え、今年は11個の花茎を伸ばし咲いてくれそうである。多くの山野草を枯らしてしまう中で、この花は成功した種類に入る。ということは全く手のかからないアヤメということでもある。
さて、今日は町内自治会の総会、日頃の協力に感謝しわが老人会のPRで一言、言わせてもらおう。
野山をトレッキングするいい季節になったが、今日も生憎の雨毎日サンデーの身、別にどうってことないが出ばなをくじかれたような気になる。
「起きたけど、寝るまで別に用はなし」という川柳を詠んだ方がいるが、そうならないように愉しみを見つけなくちゃ。雨の日は雨の日なりに、、。